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アベノミクスと経済政策(1)

■アベノミクスの好循環

①金融緩和によってお金を借りやすく

②市場にお金が増えて消費が増える。

③物が売れて企業の収益が上がる。

④企業の利益が増えて賃金が上昇する。

(再)①賃金が増えて使えるお金が増える(デフレから脱却)

01

景気の好循環は金融政策だけで起こる訳ではない

安倍晋三総理が提唱するアベノミクスは、それを3つの経済政策『3本の矢』と言った。

○大胆の経済政策

○機動的な財政政策

○民間投資を喚起する成長戦略

この3つよって経済の好循環を生み、日本を再生する。

政策の主な柱は、

・日銀の金融緩和

・日本政府の公共事業の拡大

つまり、日銀がお金をじゃぶじゃぶ流し、政府がそのお金を使える場所を提供する。すると、企業は仕事にありつけ、従業員は給与が貰える。

お金仕事を与えるのがアベノミクスである。

安倍総理が言った3本の矢の中身は以下の通りである。

「大胆の経済政策」

2%のインフレ目標

・無制限の量的緩和

・円高の是正

「機動的な財政政策」

・大規模な公共投資

・日本銀行の買いオペレーションを通じた建設国債の買い入れ・長期保有

「民間投資を喚起する成長戦略」

・健康長寿社会から創造される成長産業

・全員参加の成長戦略

・世界に勝てる若者

・女性が輝く日本

■アベノミクスは成功するかの?

安倍総理が提唱する経済の好循環は本当に実現できるのだろうか。アメリカが行ったニューディール政策は1933年に大統領になったフランクリン・ルーズベルト大統領が行った政府が市場に積極的に介入した政策である。

Gdp19101960_19291939

〔米国の実質GDP1910-1960年)、赤色強調は大恐慌時代 (19291939)

19101960_192919391939

〔米国の失業率(1910-1960年)、赤色強調は大恐慌時代 (19291939)1939年以前は推定値〕

1933年を底辺として、米国のGDPと失業率が上昇に転じていることが判る。政府における結局的な公共事業や雇用政策の介入によって回復がなされた訳である。一方でアメリカの景気回復は1939年の第二次世界大戦の軍需支出に大きいという声もある。

私はその両方であると思う。

なぜなら、『ニューディール政策』を行い景気回復の効果は大きかったが、1937年にアメリカ政府は増税を実施し、金融引き締めを同時に行った。これでアメリカの景気は一気に萎み、再度不況の転じたのである。1939年から始まる戦争需要がアメリカのV字回復を下支えし、戦後のアメリカを作ったと言える。

その為にニューディール政策の正否のみを問うのは難しい。

積極的な財政政策の例として、日本の高橋是清が取った政策がある。

19291024日、アメリカのニューヨーク証券取引所で始まった株価の大暴落である『ブラックマンデー』は瞬く間に世界中の景気をどん底に落とした。

日本は、大正関東地震(192391)の処理のための震災手形が発行され、その手形が膨大な不良債権と化していた。当時の銀行は私的な金融業者が貸出すことが多く、銀行自身が事業を起こして金を貸し付けることが多く、事業の失敗が銀行の経営に影響する。そこに地震で事業そのものが消滅する危機に見舞われる。つまり、貸した金を回収できない事態になった。これに政府が援助せず、銀行を破たんさせるという趣旨の発言があったことから、預金引き出しが殺到し、昭和金融恐慌(19273月)が始まっていた。こうした日本経済の足腰が弱体する中で『ブラックマンデー』が襲い掛かった。

日本の主産業の1つであった生糸は多くをアメリカに輸出していた。金解禁と世界恐慌によって壊滅的な打撃を受けて、日本国内の株価も暴落し倒産が相次いだ。

1931年(昭和6年)犬養毅総理が4度目の蔵相に高橋是清を就任され、是清はデフレ脱却の為に『リフレーション政策』を行い、世界恐慌で混乱する世界に先駆けて経済の立て直しをやり遂げた。

『リフレーション政策』とは、年率12%の低いインフレ率を実現させる政策であり、インフレターゲットと無期限の長期国債買いオペレーションという黒田総裁が行っている政策のことである。

高橋是清のリフレーション政策によって、1932年から日本の経済が立ち直っているのがGDPの数値から取って判る。但し、1931年に満州事変が起こっていることから、特需が景気を下支えした件も否めない。

Gdp19111940

〔日本のGDP1911-1940年)〕

Photo

〔一般会計と臨時軍事費に占める直接軍事費の比重〕

最後に参考となるがドイツである。

アドルフ・ヒトラーがドイツ経済を立て直しに指名したのが、ヒャルマール・シャハトである。シャハトは193482日にクルト・シュミット経済相の辞任に伴い、代わって経済相に任命されている。シャハト自身は、1931年頃からナチ党と行動を共にしていることから、ドイツを蘇らせた『第一次四カ年計画』に深く関わっている。

1929年に起こった『世界恐慌』は第1次世界大戦の敗北で疲弊していたドイツ経済を破壊し、GDPの35%が失われる危機に陥った。シャハトは雇用創出手形とメフォ手形という一種の国債手形を発行し、財源を確保すると、大型の公共事業を起こすことで財政を再建した。財政における手腕から『財政の魔術師』と呼ばれている。

1929_1945

〔主要国の国内総生産GDP 1929 - 1945年 〕

19271940

〔ドイツの1927-1940年、年平均登録失業者数推移〕

ナチスで行われた『第一次四カ年計画』の内容は、

・公共事業における失業対策

・価格統制によるインフレ抑制

・農業・中小手工業の従事者への救済

・ユダヤ人・戦争利得者などの高収入者への利益を国民に再分配

・ドイツ経済の再編成

最も象徴的な事業はアウトバーンである。しかし、単に公共事業を発注したのではなく、建設費46%が労働者への賃金と払われる法律を制定していた。阪神大震災や東北大震災などの復興事業で公共事業が行われるが、労働者が潤わないのは賃金体系から逆算して、公共事業費を設定していないからである。また、事業が始まると労働者の衣食住や中小企業の設備投資に金融貸し付けを無担保で政府が保証する制度も行っている。東北復興が始まると労働者が止まる住居がない為に作業員が集まらず、工事が滞るという体たらく。中小企業における材料の生産を上げるにも金融が貸し渋り、新しい設備を作れず、生産そのものが遅れるという不手際。価格が統制されていない為に起こるダンピングで中小企業は不当に低い利益で生産を余儀なくされ、従業員を補充できない為に生産効率を上げられないという二重の遅延状況。それらをセットとして復興を考える『第一次四カ年計画』は、日本もドイツを見習わなくてはならない。

さて、16億マルクを捻出して、ドイツ経済に投入したシャハトは、ドイツを一気に再生させた。1934年から1938年に掛けて財政赤字が増大しているのが判る。しかし、1934年から1935年に掛けて、財政赤字が解消しているのが判るだろうか。

もしもヒトラーが軍事政権を目指さず、当初のように福祉国家の道を進んでいたなら、つまり、軍事費を不要に増やしていなければ、1938年頃には財政赤字が解消していた。下の図でも判るように、ヒトラーが赤字(増税収分)に示される範囲で軍事費を抑えていれば、財政のバランスシートは保たれていた訳である。

ドイツの財政支出と軍事支出と財政赤字<1934年-1938年>

                                                                                                           
 

年度

 
 

 

 
 

1934

 
 

1935

 
 

1936

 
 

1937

 
 

1938

 
 

財政支出

 
 

 

 
 

104

 
 

128

 
 

158

 
 

201

 
 

318

 
 

(非軍事支出)

 
 

103

 
 

88

 
 

100

 
 

119

 
 

134

 
 

軍事支出

 
 

 

 
 

19

 
 

40

 
 

58

 
 

82

 
 

184

 
 

軍事比率(%)

 
 

18

 
 

31

 
 

37

 
 

41

 
 

58

 
 

財政赤字

 
 

 

 
 

39.3

 
 

41.7

 
 

50.1

 
 

58.1

 
 

108.1

 
 

メフォ手形

 
 

 

 
 

19.8

 
 

27.2

 
 

46.5

 
 

24.9

 
 

-0.7

 
 

(軍事費を除く

 
 

財政赤字)

 
 

20.3

 
 

1.7

 
 

-7.9

 
 

-23.9

 
 

-75.9

 

単位: 10億マルク(RM)

結果として、1932年にいた600万人の失業者は、1938年に429千人に減っており、植民地を持っていないドイツが国内産業を活性化させるだけで景気を回復させている。オーストリアやポーランドの拡大はこの後であるから非常に参考になる。(ドイツ軍は1938年にオーストリアを併合、193991日にポーランドへ侵攻した。)

以上の『ニューディール政策』、『リフレーション政策』、『ドイツの四カ年計画』の成果を見る限り、効果的な財政を運用すれば、『アベノミクス』による景気回復は期待できる。

■アベノミクスの成果

第2次安部内閣が誕生したのが、20121216日に衆議院選挙に大勝し、294議席を確保して第1党に返り咲き、第96代内閣総理大臣に選出され、2013228 183回国会の演説でアベノミクスを提唱し、日本のデフレ脱却と経済の再生を誓った。

I02_20122014I032012201412

2013年の秋以降から安倍内閣の2013年補正予算による公共事業と黒田日銀総裁による異次元金融緩和の効果は現われ、為替は円安傾向に進み、日経平均が1万円を超え、1万4000円に達した。

これは『リフレーション政策』が間違っていないことを証明している。

しかし、小泉純一郎が政権を起こったことが起こらなかった。2001-2006年では、竹中平蔵をブレインとして1ドル115円を維持する政策を取った。竹中平蔵は為替介入でアメリカの米国債を買った。2002年末に3781億ドルだった米国債保有が、200411月末で7149億ドルになる。つまり、二年間で3368億ドル(35兆円相当)の資金がアメリカに流れた。この資金が金融の流れ、金融の小バブルが起こったのである。これによってアメリカは好景気になり、日本もアメリカ向け輸出量が伸び、日本の経済成長を達成した。しかし、竹中平蔵は労働の規制緩和によって労働賃金の引き下げを行った為に、企業は儲かり、個人は疲弊した。それゆえに『実感なき経済成長』と呼ばれる。

2013年の『アベノミク』でも金融緩和で円安が進み、輸出産業が高収益を上げると考えられていたが輸出量は伸びてなかった。

これは民主党政権下で取られた円高政策(無策)によって国内産業が海外に移転し、国内産業の空洞化が起こり、円安効果の恩恵を受けない経済構造に転換した為である。結果として、企業成績が伸びす。給与も増えない。消費も増えないという結果になった。

円安で輸出企業の業績回復による景気の下支え効果は、期待したほどには起こらなかったのである。

01_2

小泉モデルで期待されていた輸出産業による経済の牽引は完全に失敗であった。

しかし、公共事業を増やした成果から2013年秋頃から株価の上昇に伴って、純工業生産指数や現金給与総額がわずかに上昇しているのが判る。これは公共事業(東北大震災の復興需要やオリンピックなどその他の公共事業などを含む)の増加によって国内産業のGDPが増加し、内需が潤い始めたからである。

13

14

純工業生産指数、家計消費支出の推移を詳しく見てほしい。

20129月から自民党に安倍晋三が総裁に就任した頃から純工業生産指数が期待感から上昇しているのが判る。一方、消費支出は多少の上下があっても方向性がないことが判る。一方、2013年末に消費税の8%への引き上げが決まったことで、純工業生産指数はピークを迎えている。一方、家計消費支出は駆け込み需要で5%を超えるが、その後はマイナスに転じている。

それを端的に表しているのが、現金給与総額の推移である。

11

金融緩和による円安効果は、物価高を引き起こす。同時に公共事業で労働者を引き受け、労働単価が上がれば、消費が拡大し、『アベノミクス』は成功したハズであった。

しかし、ドイツの『四カ年計画』などに見られる。労働賃金の引き上げ政策や物価安定の政策、事業を拡大する為の貸し出し政策を行っていなかったことから、物価の上昇が賃金の上昇に追い付かなくなったのである。

このことをまったく考慮していなかった安倍政権は、20144月に消費増税を実施し、消費の冷え込みに拍車を掛けた。

これは2014年の実質GDPは1400億円ほどのマイナスとなって反映されている。

名目・実質GDPとデフレーター(1980-2014

                                                                                                                                                                                                                                                                                               
 

年度

 
 

名目GDP

 
 

実質GDP

 
 

GDPデフレーター

 
 

1980

 
 

246,464.50

 
 

269,833.88

 
 

91.34

 
 

1981

 
 

264,966.29

 
 

281,104.42

 
 

94.26

 
 

1982

 
 

278,178.97

 
 

290,596.21

 
 

95.73

 
 

1983

 
 

289,314.59

 
 

299,490.60

 
 

96.60

 
 

1984

 
 

307,498.71

 
 

312,859.56

 
 

98.29

 
 

1985

 
 

330,260.58

 
 

332,674.07

 
 

99.27

 
 

1986

 
 

345,644.50

 
 

342,092.33

 
 

101.04

 
 

1987

 
 

359,458.42

 
 

356,143.52

 
 

100.93

 
 

1988

 
 

386,427.79

 
 

381,596.01

 
 

101.27

 
 

1989

 
 

416,245.86

 
 

402,088.29

 
 

103.52

 
 

1990

 
 

449,392.30

 
 

424,494.26

 
 

105.87

 
 

1991

 
 

476,430.98

 
 

438,605.89

 
 

108.62

 
 

1992

 
 

487,961.51

 
 

442,198.20

 
 

110.35

 
 

1993

 
 

490,934.25

 
 

442,954.64

 
 

110.83

 
 

1994

 
 

495,743.40

 
 

446,779.90

 
 

110.96

 
 

1995

 
 

501,706.90

 
 

455,457.90

 
 

110.15

 
 

1996

 
 

511,934.80

 
 

467,345.60

 
 

109.54

 
 

1997

 
 

523,198.30

 
 

474,802.70

 
 

110.19

 
 

1998

 
 

512,438.60

 
 

465,291.70

 
 

110.13

 
 

1999

 
 

504,903.20

 
 

464,364.20

 
 

108.73

 
 

2000

 
 

509,860.00

 
 

474,847.20

 
 

107.37

 
 

2001

 
 

505,543.20

 
 

476,535.10

 
 

106.09

 
 

2002

 
 

499,147.00

 
 

477,914.90

 
 

104.44

 
 

2003

 
 

498,854.80

 
 

485,968.30

 
 

102.65

 
 

2004

 
 

503,725.30

 
 

497,440.70

 
 

101.26

 
 

2005

 
 

503,903.00

 
 

503,921.00

 
 

100.00

 
 

2006

 
 

506,687.00

 
 

512,451.90

 
 

98.88

 
 

2007

 
 

512,975.20

 
 

523,685.80

 
 

97.95

 
 

2008

 
 

501,209.30

 
 

518,230.90

 
 

96.72

 
 

2009

 
 

471,138.70

 
 

489,588.40

 
 

96.23

 
 

2010

 
 

482,384.40

 
 

512,364.20

 
 

94.15

 
 

2011

 
 

471,310.80

 
 

510,044.60

 
 

92.41

 
 

2012

 
 

475,110.40

 
 

518,989.20

 
 

91.55

 
 

2013

 
 

480,128.00

 
 

527,362.00

 
 

91.04

 
 

2014

 
 

487,989.70

 
 

527,227.40

 
 

92.56

 

単位: 10億円(GDPデフレーターの増加率がプラスであればインフレーション、マイナスであればデフレーションとみなせる。)

以上のように『アベノミク』は、『ニューディール政策』の金融引き締めで失敗と同じように、消費増税を実施したことで失敗してしまったと言える。

車で例えるなら、エンジンをふかしながら、ブレーキ―を踏んでいるようなものである。しかも2014年から公共事業費は前年割れしており、実質の緊縮財政を行っている。GDPがマイナスになったのも当然である。

2014124日に内閣府が需要と潜在的な供給力の差が示す『需給ギャップ』が、79月期でマイナス2.7%であると発表している。つまり、11兆円の需要不足と言っている。内閣府は自然解消を望んでいるが、家計消費支出総額が201411月から3月連続で下がり続けている。また、20151月の家計消費支出総額の前年月対比マイナス7.46と大きく下がっており、2月も下がる見込みである。

企業収益が上がり、春闘でもベースアップの話題が景気の浮上感が漂っているが、このまま家計消費支出総額がこのまま下がり続けるのか、どこでV字回復を始めるのか、実に予断を許さない状況である。

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