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羅生門

いわずとしれた芥川龍之介の『今昔物語集』「羅城門登上層見死人盗人語第十八」を元にした小説である。

“髪を抜く老婆に正義の心から怒りを燃やしていた下人だったが、老婆の言葉を聞いて勇気が生まれる。そして老婆を組み伏せて着物をはぎ取るや「己(おのれ)もそうしなければ、餓死をする体なのだ。」と言い残し、漆黒の闇の中へ消えていった。下人の行方は誰も知らない。”

さて、下人がどこに行ったのでしょうか?

もし、国語のテストに出たら大変です。実際に私の時代には出ていたのですがどうなっているでしょうか?

下人の感情の変化を描いた作品なのですが、
一般に失望→憎悪→侮蔑と変化してゆきます。
そして、下人は老婆の着物を剥ぎ取り、「またたく間に急な梯子を夜の底へかけ下り」とあるように羅生門を後にします。

その最後なのですが、実は作者自身が何度も書き直しています。

○大正4年11月、「帝国文学」、最初に発表されたときには、「下人は、既に、雨を冒して、京都の町へ強盗を働きに急ぎつゝあつた。」と書かれています。

○大正6年5月、阿蘭陀書房の単行本『羅生門』に収録されたときには、「下人は、既に、雨を冒して、京都の町へ強盗を働きに急いでゐた。」と改変されました。

○大正7年7月、春陽堂の作品集『新興文芸叢書第八編 鼻』に収録されたときには、「下人の行方は、誰も知らない。」と書き換えられます。

何故、最後は現在の形に再度改変しされたのか?

もしかすると、作者龍之介の中でも、その正義が揺らいでいたのかもしれません。

さて、下人はどこに行ったのでしょうか?

当時のテストでは、「盗みを働きに町に出た」と書くと点数も貰えたと記憶します。

作者も最初にそういうラストを想い描いたのですから、間違いではありません。

確率的にその可能性は高いかもしれません。

しかし、老婆の着物を剥ぎ取った下人が、羅生門を降りたときに再び罪悪感に襲われたかもしれません。

自分が怖くなった下人はどことなく消えていったと作者も考え直したというのは突拍子ないことでしょうか?

勢いで人を刺した人間が死体を見て、我に返ることはよくあることです。

学生時代の私はどこかひねくれていましたから、「下人はどこに行ったか判らない」と回答したと記憶しています。

「下人の行方は、誰も知らない。」と作者自身が書いているのですから、作者以前の私に判る訳もありません。

点数は『0(ゼロ)点』を頂いたことを憶えています。

時代が変わった現代でも、私の答えは「判らない」です。

さて、さて、今日の高校一年の教科書では、どう教えているのでしょうか?

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