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2013年8月

小さな巨人倒れる。悪銭身につかず

小さな巨人、千葉翔太君の無事に終わっていれば英雄であった。
156cmな小柄な彼がチーム貢献するには、カット打法で相手の投手の疲労を誘い、投球リズムを崩すという手段しかないかもしれない。
それには微妙なサジ加減が必要であった。
大リーグでも4点以上の試合での盗塁は盗塁にカウントされないように、野球の不文律(やきゅうのふぶんりつ)というものがある。
・大差(概ね5点以上)でリードしている攻撃側は6回以降で、 カウント3ボール-0ストライクから打ちにいってはいけない。
・大差(概ね5点以上)でリードしている攻撃側は6回以降で、バントなどの戦術をとってはいけない。
・打席に立つとき過度に足場を固めてはならない。
・打つ際、打席の外から足をはみ出したり、レガース、プロテクターをつけて覆いかぶさったりしてはならない。
・四球のあとホームベースにバットを置いてはいけない。
・併殺打を防ぐなどの目的で危険なスライディング(スパイクシューズの裏を野手の体に向けるなど)をしてはいけない。
・ノーヒットノーランや完全試合の阻止(あるいは投手タイトルがかかっている場面も含む)のみを目的としたバントはいけない。
・連続本塁打後の初球を打ちに行ってはならない。
・死球を受けてもその箇所をさすって派手に痛がってはいけない。
・走者が三塁(一塁)付近でアウトになるなどして一塁や一塁側(三塁側)ダグアウトに戻る際、マウンドを横切ってはならない。
・打者が打席に入る際、球審や捕手の前を横切ってはいけない。
・捕手のサインを盗み見てはいけない。また二塁走者が打者にサインを教えてもいけない。
・一塁にヘッドスライディングしてはいけない。
・投手の集中を妨害するために話しかけたりしてはいけない。
実際に守られているかは疑わしいが、野球をするものマナーなのだ。

因みに塁上でサインを盗む行為は現在はマナーではなくあ禁止されている。
カット打法は野球の技術であって違反ではない。
大差(概ね5点以上)でリードしている攻撃側で過度の投手の負担を強いる行為はどうだろうか?
ファアープレーの精神から言えば、正面から戦う場面ではないか。

千葉翔太が二塁塁上からサインを送っていたかは定かではない。
しかし、まぎらわしい行為が行われていたのは明らかである。
そんな行為を見過ごしていた花巻東野球部の体質である。勝つためなら何をやっても良い。そんな風潮を許していたのであろう。
青少年野球が子供育成を目的にしている以上、
そのような行為を見過ごしていた指導者を責めたい。
カット打法は状況に応じて賛美両論される行為であるが、二塁塁上からのサインを盗む行為、あるいはまぎらわしい行為は厳禁である。
違法行為と本人は思っていないのだろうが、それは指導者が悪い。
前橋育英でカット打法を禁止されたのも自業自得である。

むしろ、今後、弱小校が強豪校にカット打法で対抗することに抑制を促した責任の方が重い。
本人は自覚ないだろうが、多大な迷惑を掛けることになる。
綺麗と汚い、正しいと間違い、その境界を教えるのが教育であり、フェアープレーの精神ではないだろうか。

ただ、1つだけ注文つけたい。
必要以上に個人攻撃をやって貰いたくない。彼が悪いのではなく、正しい指導をしなかった指導者が悪いのだ。
是は是、非は非
マスコミは彼を非難するのも称賛するのも控えて貰いたい。
彼らを指導するのは高野連や教育指導者の仕事であって、マスコミの仕事ではない。
もし、この議論を続けるなら、フェアープレーとは何かというもっと奥の深い議論にしてもらいたい。

花巻東2回、彦根東との対戦9-5
花巻は5回表の時点で5-0とリードしていた。しかし、千葉翔太はカット打法のスタイルを止めなかった。
フェアー精神からいってどうかと思う。
しかし、そこはぎりぎりセーフ。グレーゾーンであった。

花巻東3回、済美との対戦7-6
大会屈指のピッチャー安楽との対戦である。済美の千葉シフトと千葉翔太はカット打法の勝負であった。千葉が勝利を呼び込んだと言っても過言ではない。
今大会で彼が一番活躍した試合と言っていいだろう。

花巻東準々決勝(1)、鳴尾との対戦5-4
この試合、千葉は5打席で1安打4四球と大活躍である。
 1回、第1打席…13球、7球連続ファールのあと、四球
 3回、第2打席… 2球、センター前ヒット
 6回、第3打席… 8球、2球ファールのあと、四球
 8回、第4打席… 8球、2球ファールのあと、四球
 9回、第5打席…10球、4球ファールがあったあと、四球

花巻東準々決勝(2)
問題は出塁した後である。二塁塁上からサインを盗むという行為を彼がしたのだ。
キャッチャーで開始後すぐに不自然な動きを感じたという。
「走者が首をかしげたり、内角を攻めようとしたら、打者が後ろに下がったり。ベンチからの声もあった。意識せずにいつも通りやろうと思ったんですが、あそこまでやったんで」

花巻東準々決勝(3)
鳴門・日下大輝捕手(3年)の我慢は限度を超えていた。小山球審に、花巻東の二塁走者・千葉の動きを訴えた。
8回、千葉の怪しい行為に審判が注意を促した。
「そういうチームに負けたくない、と思って力みました。悔しいです」と日下は語っている。

花巻東準決勝 前橋育英との対戦3-4
千葉翔太は良い所もなく敗退。
本人はやりたいことができなかったと嘆いているが、それが実力と再認識して、もう一度努力を惜しまないことを願う。

知性と生活保護と反日教育

道具と会話は相手の知性に依存する。
古代ギリシャ人にレコードとCDを渡した場合、長い時間を掛けてレコードが音楽媒体であることを突き止めるだろうが、CDも同じだとは気が付かないだろう。
会話も同じ、相手の知性が標準に達しないと効果を発しない。

19世紀は暴力と支配の世紀であった。
圧倒的な暴力によって他者を蹂躙する。彼は文化の伝道師であり、その土地から富を奪う支配者であった。
東洋と西洋に文化度の落差があった訳ではない。
知性のベクトルが異なっていたのだ。
互いに理解しようという意識がないなら知性があってもないのと同じなのである。

知性とは本当に難しい媒体である。
救済の為に設けられた生活保護制度、誰もが安心して暮らせる世界の礎である。
しかし、『恥』を失った人間には自堕落な生活を送らせ、人間としての尊厳を奪い去る媒体に過ぎない。
どうしてそんなことになってしまったのか?

答えは最初から判っている。
世界が歪なのだ。
間違った設計図から生まれる建築物は歪な形になってしまう。
自由と権利だけを教えられた子供達に義務と責任を感じない。
反日教育を受けた国民は敵対心しか持ち合わせていない。
周りを見ない歪は人間を生み出している。

答えが判っているからと言って、訂正するのも簡単ではない。
自由に好き勝手に暮らしていたヘレン・ケラーを人間にするには躾が必要であった。
言葉理解する為の知性が必要であった。
どうやって教えるの?
アニ・サリバンはヘレンの自由を奪い、スプーンを使うことを憶えるまで食事を与えなかった。

知性と教養を教えることは難しい。
それは時として暴力となり、相手の自由と権利を奪うことになる。
違うのはそこに自愛があるかどうかだ。
正義のない力は暴力であり、力のない正義は無力だ。二つが揃わないと正しい道も示せない。
難しいことだ。

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