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2013年6月

安倍総理の150万円が何かと話題になるが、何か可笑しい?

黒田総裁はデフレを脱却してインフレ率を2%にすると言っている。つまり、10年間で20%の物価上昇を目指している訳である。
2012年度の平均年収が442万円なら528万円、86万円は自然上昇しなければ生活できなくなる。しかし、インフレが簡単に制御できるものではない。インフレ率が3%なら133万円、5%なら243万円の自然増収がなければ、我々の生活が苦しくなっている訳だ。

150万円の上昇なんて、誤差の範囲でしかない。
騒ぐほどの価値もない。

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元自民長老議員 安倍首相の150万円所得増はただの選挙対策
http://www.news-postseven.com/archives/20130617_194594.html
与党は真の課題をすべて先送りし、野党はただ自滅してゆくだけ。かくもつまらなくなった日本政治を憂い、村上正邦氏(元自民)、矢野絢也氏(元公明)、平野貞夫氏(元民主)、筆坂秀世氏(元共産)という4人の“賢人”が集まった。長年の経験としがらみのない立場だからこそ語れる、歯に衣着せぬ大放談。最近までもてはやされたアベノミクスについて忌憚のない意見をぶつけ合った。

──まずはアベノミクスをどう評価するか。

平野:アベノミクスは中央銀行と政府が一緒になって「マネーゲーム」を行なっている。実体経済を無視したもので、もはや人の道に反した行為だと私は思う。

矢野:実際のパイが増えるわけでもないのに幻想だけ振りまいて「成長」「成長」と声高にいわれても、はっきりいって詐欺の類いだと思いますね。

筆坂:たしかに、テレビを見ていると、なんでもかんでもアベノミクスで説明しようとして、「高級品が売れ出した」とかいっている。しかし、所得も上がっていないのにそんなわけない。

平野:そもそも政治で資本主義経済をコントロールなんてできないんです。デフレだのインフレだのいっていますが、こうした経済理論は100年以上も前の考え方で、現在の金融資本が支配する経済は誰にも予測できない。こうして話してるけど、うちらだって全員、経済のことなんてよくわからないもん(笑い)。

筆坂:だけど、安倍10+ 件首相がやっていることがおかしいことはわかる。笑ったのは「薬のネット販売解禁」ですよ。ネットで販売したって、店頭で買うかネットで買うかの違いだけで、薬の消費量が増えるわけないでしょ。楽天を儲けさせるだけでなんで成長戦略なのか。

 正社員のクビ切り自由化にしても、そんなことしたら非正規雇用をますます増やして、国民の所得を不安定にして消費を減らすだけ。安倍さんは新自由主義の一番悪いところを真似ている。

──安倍10+ 件首相は10年後には所得を150万円増やすといっています。

村上:はっきりいってあれはただの選挙対策ですよ。民主党が以前、子ども手当2万6000円を約束して勝ったように、安倍10+ 件は「10年後に150万円」などと甘いエサで票を釣って、参院選に勝とうとしている。ねえ、平野さん? 子ども手当だってそうだったでしょ?

平野:いや、それは矮小化しすぎ! ただ最近、アベノミクスを計画した人たちと会食する機会があって、名前は明かせないんですが、最初から「参院選までもてばいいんだ」とはっきりとじゃないが阿吽の呼吸で指示されてたみたいで。

矢野:これから生まれる子供たちは年金医療の負担が大きい少子高齢化社会のなかで1000兆円の借金を背負わされているわけです。好ましくはないけど、世代間の戦争、若い世代の老齢者に対する復讐、これは避けられないでしょうね。

【むらかみ・まさくに】1932年生まれ。1980年に参議院議員初当選。自民党国対委員長、労働大臣、参議院自民党幹事長、参議院議員会長を歴任した。

【やの・じゅんや】1932年生まれ。公明党立党に参加し、1967年に衆議院議員に初当選。公明党書記長、委員長、最高顧問を歴任。

【ふでさか・ひでよ】1948年生まれ。日本共産党入党後、1995年に参議院議員初当選。党中央委員会常任幹部会委員、書記長代行などを務めた。

【ひらの・さだお】1935年生まれ。衆議院事務局に務めた後、1992年に参議院議員初当選。自民党、新進党、自由党、民主党を渡り歩いた。

※週刊ポスト2013年6月28日号

進撃の巨人、話題になっているので見てみた!?

何が面白いのか、まったく判らない。
突っ込み所は多くあるが、1番は装備だろう。
腰から足に付けている補助器具は、人間の行動力をどこまでも補助する器具で現代の文明でも制作は困難な代物である。
そんな超文明を持つ人類が馬に乗り、中世の自走砲台並みの大砲しか武器として持っていない。
ここまでアンバランスな武器構成は意図的にしか思えない。
つまり、一段高い文明がゲームを楽しむ為に与えていると考えないと説明が付かない。

エヴァより、かなり設定に無理がある。
面白い以前に不自然だ。

グロテスクに人間が食べられるシーンも好きになれない。
また、巨人は知性の欠片も感じられない。
ナウシカの巨神兵を模索している訳でもないし、軍隊モノを模索しているようにも思えない。

さて、さて、この物語に何の意味があるのだろうか?
評価以前に何が話題になっているのかも判らないのだ。

天皇家の猶子

猶子〔ゆうし〕は、
明治以前の日本の制度であり、他人の子供を自分の子として親子関係を結ぶことである。養子と異なる点は姓が変わらないことにある。
最も古いケースは源定が淳和天皇の猶子になったとある。
その他の例を上げると、
1287年、伏見天皇は亀山上皇の猶子と後宇多天皇の皇太子となっている。
1308年、花園天皇も後伏見天皇の猶子となり、皇太子となっている。
1428年、称光(しょうこう)天皇が没すると、称光天皇の父である後小松上皇は伏見宮貞成(さだふさ)親王の子・彦仁(ひこひと)王を後小松上皇の猶子として皇位に付け、御花園天皇とした。
猶子の『猶』は、「さながら、ごとし」という意味で、猶子は、「兄弟の子」をさすことが多い。

養子はイエの存続を考えて多く使われ、猶子は父子関係のない皇位継承に用いられるようになる。

江戸時代になると、天皇・上皇の「猶子」とした上で「親王宣下」をして継承させている。
継承者がいない場合は、出家させた皇子を還俗させる場合もあった。
主な四つの世襲親王家が生まれ、
・伏見宮(ふしみ)
・桂宮(かつら)
・高松宮(たかまつ)
・閑院宮(かんいん)
これらが代々の継承を行っている。
伏見宮から後花園天皇、高松宮から後西天皇、閑院宮から光格天皇がそれぞれ即位して皇統の断絶を防いでいる。現在の今上天皇も、閑院宮の光格天皇の子孫に当たる。
戦後、GHQによって旧皇族が廃されてしまったが、現在もその血統は脈々と残されている。

よく血統が離れていることを心配される方がいるが、
光格天皇も系譜からはるか離れた後桃園天皇の「養子」として即位していることに注目してもらいたい。
七親等71年の歳月を跨いで養子に向か入れている。

.Photo_2
その他にも、
第33代推古天皇は四親等違いの舒明天皇が継ぎ、第46六代孝謙天皇は六親等違いの淳仁天皇に皇位を譲られている。
少し事情が異なるが、第99代後亀山天皇は十二親等違いの後小松天皇に譲位される。
系統も定かではないが、第25代武烈天皇の後を継いだ継体天皇は十一親等も離れている。

Photo

皇統の断絶を考えれば、多少の遠縁であることは考える必要もない。

ただ、明治になって、猶子、養子を皇室典範(こうしつてんぱん)で禁止している。それは昭和の改定のおりにも残っており、現行制度では養子を迎えることができない。
明治時代は旧皇族が現存していたので、皇統の断絶を心配することはなかった。しかし、GHQによって皇族の解体が行われ、今上天皇のご子息である皇太子徳仁親王(こうたいし なるひとしんのう)、同じく、秋篠宮文仁親王(あきしののみや ふみひとしんのう)、そして、文仁親王のご子息であられる悠仁親王(ひさひとしんのう)がいらっしゃるだけである。
近年の医学を鑑みれば、差して緊急を要す問題ではないが、万事に備える上でも皇室典範の改定は致し方ない。

<<皇族の在り方は国民が議論し、皇族の存続は皇室方々が考えるべき>>
昭和天皇は、象徴天皇とは如何なるものか?
これを問い続けたと言われる。
私は『大一大万大吉』ではないかと常々思っている。
陛下は常に国民の安息を願い、我々は陛下の平穏を願っている。皆が皆を思いやることで、この国に幸せが溢れることを願うばかりである。
そんな昭和天皇から今上天皇へと引き継がれた。
今上天皇も民の安息を願っている。
私はただただ、陛下がお健やかで在られることを願う。

天皇とは、『何か?』と常に国民も考えなくてはいけない。
海外における皇室は、法王と皇帝の中間のような国家元首として扱われている。
国家元首ではあるが、政治に関与できない。また、三軍の統帥権を持たないことは承知されている。
日本においては、宰相がそのすべての権限を有している。
このままで良いのかというのは、国民が考える問題である。
イギリス王室のように君主であるべきか否や?
象徴とは如何なるものか?
その答えはすぐに見つかるものでもない。

さて、ならば皇室はどうあるべきなのだろうか?
桓武天皇が即位されて以来、一二七六年に渡る皇統の継承に疑う余地はない。
1000年王国の伝統をわずか人生60年の人間の経験で語ることなどできるハズもない。
伝統というものは、作るべきして作れるものではなく、長い歳月に切磋琢磨されて生まれてくるものである。
短い人生経験で補えるものではないのだ。

巷に、「男系の断絶は致しかない。女系天皇を認めるべきだ。」などと言う浅はかな意見もあるが、伝統とは守れるなら守る方がよい。
しかし、現状をどうしても打開する為に打ち破るのは致し方ないというのも頷ける。
私などは、まず皇室典範を改定し、猶子、養子を認めることでおおよその問題は解決すると考えている。

旧皇族を復帰させる意見もあるが、昭和天皇が皇族は少ない方が国民の負担が少なくてよいと言われているので、その意見を尊重したいと私などは考えてしまう。

いずれにしろ、
皇室の在り方は、皇族の方々が一番に考えていらっしゃるハズだ。
陛下始め、皇族の方々がお決めになった事に従うつもりだ。
我々、国民が皇族存続について色々意見を言うのは不遜であると私など思う。

(注)大一大万大吉:源平合戦の時代に木曾義仲を討ち取った石田次郎為久という武将が用いていたものを三成が気に入って使ったと言われる。、「一人が万民のために、万民は一人のために尽くせば、天下の人々は幸福(吉)になれる」という意味だ。英語でいう 「all for one. one for all」 にあたる。

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