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2013年5月

放射能の数値が上がっていますが、福島県民はご存じなのでしょうか?

5月21日17時20分、浪江町の樋渡牛渡集会所において通常の10倍以上の35.665μSvを観測されています。
Sv

http://ma-04x.net/all.html 文部科学省データより

Photo

http://radioactivity.nsr.go.jp/map/ja/time.html 文部科学省データより

ときおり、福島原発から白煙が上がると上がるようなのですが、今回は少し数値が大きく振れています。

福島のみなさんは、知らされているのかが心配ですね。

放射能予報のような連絡網が引かれて、危険な日の屋外での行動を慎むようになっているとは思えないのですが?

悪くないが判っていない。不便な高台にいつまで住み続けることができるのだろう?

南海トラフ巨大地震が100年先に起こるなら間に合うかもしれない。
明日ならどうしようもないが、1~3年先でも間に合わない。
そんな法案に意味があるのだろうか?

<<大津浪記念碑>>
 「高き住居(すまい)は児孫(こまご)の和楽(わらく)、想へ(おもえ)惨禍(さんか)の大津浪(おおつなみ)、此処(ここ)より下に 家を建てるな。」
本州最東端の魹ヶ崎(とどがさき)灯台から南西約2キロ、姉吉漁港から延びる急坂に立つ石碑に刻まれた言葉が残されている。
この石碑によって重茂半島東端の姉吉地区(12世帯約40人)では全ての家屋が被害を免れた。
しかし、その他の地域は大きな被害を被っている。
その時も青森県から宮城県に至る三陸海岸各地に被害があったハズだ。

人は便利だから海岸に住む。
漁をするのも、観光地として潤うのも海岸の美しい景色と共にあるから共有できるのだ。
そんな人々が高台に移るだろうか?
津波の危険性と隣り合わせであっても人は普段の便利さに負けて海岸に住む。

自民党・公明党の案はなるほど最もな意見になっている。
1つの案としてなら頷ける。
しかし、これでは抜本的問題の解決になっていない。

<<先に作るのは避難豪>>
避難用の高いビルを建設するのも悪くない。設計強度を間違わなければ、十分に対応できるだろう。
建替えや補修に予算を宛がうなど早く成立させた方がいい。
地域の事情はケースバイケース。
復旧を急ぐなら移転に拘るのはどうかと思う。

だからと言って高いビルが理想というものでもない。第一、景観を損なう場合もある。
町や村にある集会場、その1つ1つを防空豪ならぬ津波豪を造る方が合理的で安くつく。
地上1階、地下2階以上の建物は津波に対して大きな強度を発揮する。
小さな核シェルターとでも思えばいい。
小さな村の集会場に向かえば、とにかく助かる。
そんな安心感だけで村を再生させようという気力が生まれてこないか!
答えは何も1つだけではないのだ。

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津波対策で事前の集団移転支援
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2013051401001776/1.htm
2013年5月14日(火)17時3分配信 共同通信
 自民、公明両党が今国会提出を予定している南海トラフ巨大地震特別措置法案の概要が14日分かった。事前の集団移転促進策として地方自治体の用地取得費の補助や農地から宅地への転用手続きの簡素化などを盛り込んだ。最大34メートルの津波が起こるとした政府想定や東日本大震災を踏まえて対策を進め、地震被害を軽減するのが狙い。概要によると、著しい津波被害の恐れのある地域を首相が「津波避難対策特別強化地域」に指定。

天皇陛下万歳

万歳は、平安時代の文人である藤原 明衡(ふじわら の あきひら)の『新猿楽記』(しんさるごうき)に中に千秋万歳之酒祷(せんずまんざいのさかほがい)という記述が残されております。

元々、千秋万歳は中国で使われていた言葉で皇帝に対してのみ使われる言葉でしたが、平安時代では一般貴族に広がっていったようです。

平安末期の毎年正月の慣習で、千秋萬歳法師が訪れ祝い言を述べ舞を舞ったと言われております。

起源の1つに、奈良時代の「踏歌(とうか)」(踏歌は宮中などにおいて春を寿ぐ行事で、男踏歌の舞人が舞楽の「万春楽(ばんすらく)」を足を踏み鳴らすように舞う際には万春楽と囃し、女踏歌の時は千春楽(せんずらく)と囃したとも言われます。

君主の長久を祝うめでたい舞いで、「萬歳楽」(まんざいらく)または、「千秋楽」とも呼ばれているそうです。

今も残る相撲の最後に力士が舞いが「千秋楽」です。

または、笑う門には福来ると申しますように、漫才は萬歳(まんざい)から取られた言葉です。

バンザイと発音するようになったのは大日本帝国憲法発布の日、1889年(明治22年)2月11日に青山練兵場での臨時観兵式に向かう明治天皇の馬車に向かって万歳三唱したのが最初だらしいです。

いずれにしろ、天皇陛下万歳は天皇の永遠の健康・長寿を臣下が祈るものですで、皇居やる一般参賀などにおいて万歳三唱が今も行われています。

明治から始まったものを伝統とするのか?

戦時中の「バンザイ突撃」のように自決特攻を思い出される方もいるでしょう。

軍国主義の名残として、あまり良いイメージと捉えないのか?

それは人それぞれです。

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