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修己以敬、自らを律して、敬虔を忘れない。

簡単なことほど難しいものです。
喜怒哀楽、感情の海に飲まれて遭難するのが人の性なのですから致し方ありません。しかし、だからと言って、敬虔の心を失うのは愚かなことです。
穏やかな日々を求めず、勝ち負けの一喜一憂に埋もれて生きては本質を失ってしまうというものです。
『修己以敬』は孔子の言葉ですが、簡単で素朴な言葉の中に本質が埋もれております。

孔子の弟子の子路は嘗て先生にどうやったら君子になれるか尋ねたことがある。
自分自身を修練した上で、厳粛で敬虔な態度を維持しなさい

『修己以敬』
己を修めて以て敬す

子路は思います。そんな簡単な筈がない。
そこで更に問うて言った。
「斯(か)くの如きのみか。」
孔子はまたちょっと付け足しました。

『修己以安人』
己を修めて以て人を安んず

子路は明らかにそれでも尚満足できず、更に尋ねた。
「斯(か)くの如きのみか。」
孔子は更に付け足します。

『修己以安百姓』
己を修めて以て百姓(ひゃくせい)を安んぜよ。己を修めて以て百姓(ひゃくせい)を安んずるは、堯、舜も其れ猶(なお)諸(これ)を病(や)めり。

自分自身を修練し、更に一般民衆が幸福な生活を送れるようにしなさい。
堯、舜のような聖賢の君子であってもこれについては十分出来ない点があった。
そこまで出来て、どうして君子と呼ぶに足りないなんていうことがあるだろうか。

つまり、修己を怠らないことが大切なのです。

これと同じ言葉に『修己治人』という言葉があります。

古の明徳を天下に明らかにせんと欲するものは先ずその国を治む。
その国を治めんと欲する者は先ず其の家を斎ふ。其の家を斎へんと欲する者は先ず其の身を修む。その身を修めんと欲する者は先ずその心を正す。その心を正さんと欲する者は先ず意を誠にす。其の意を誠にせんと欲する者は先ずその知を致す。その知を致すは物を格すに在り。

大学には「心正しくして身は修まり、身が修まれば家が治まり、国が治まり、そして天下は平らかになる」と言っております。
孟子も「天下の本は国、国の本は家、家の本は一身にある」と言っております。

『修己』を知るということが、すべての始まりなのです。

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