2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

2013年3月

中傷と誹謗は自立と自尊の放棄でしかない

誰かに何かを主張することと誹謗することは、似て非なるものです。
「モラルを失い、何物かに対する服従感と献身と義務の自覚」を放棄しています。
最大の誤りは、民族の歴史的生命ともいうべき伝統と規範を否定していることです。

他国の恥ずべきところを模範して、自国の誇るべきとこを放棄するのは、愚かな行為にしか過ぎません。
修己治人にあるように、
「心正しくして身は修まり、身が修まれば家が治まり、国が治まり、そして天下は平らかになる」と大学にあります。
神道・儒教・仏教は、日本の自然と合い重なりあって、日本の精神・日本の文化となっております。
これを伝統として、守り養い育てていかなければならないのです。

情けは人の為ならず
「情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくるのであるから、誰にでも親切にしておいた方が良い」という日本人らしい思いやりは、大切にしなければなりません。

他国の文化である誹謗中傷は、日本人の自尊心を傷つけるだけです。
同じ土俵に上がらず、
間違ったことを正しく主張することを大切です。

日本の心を傷つける誹謗に対して、「それは違います。正しくはこうですよ」と教え、無意味な中傷には「悲しい人達ですね。人を傷つけることでしか癒されないのですね」と情けを掛けてあげましょう。
それが日本の心であり、文化であり、日本人らしい自尊心のあり方なのです。

大いなる自然にいだかれて、時に慰められ、時に傷つけられ、万里万象と共に歩む日本の精神は共存共栄を体現しており、エゴ(利己主義 )という原始的人類を超越した存在であります。

ボリシェヴィズム(マルクス・レーニン主義)とファシズムを「野蛮状態への後退」、「原始主義」として批判したスペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセトの言葉を借りますと、「自らに高い要求を課さない存在、凡庸であることの権利を堂々と主張してやまない存在、欲望の赴くままに行動し義務の観念を持たない存在、自分の行為の意味を理解しない存在、ノーブレス・オブリージュを持たない存在こそ大衆であり、大衆は国家という単なる装置や機械を養う肉やパンに化してしまう」と大衆で政治の限界を唱えております。
つまり、原始的な衝動だけで大衆政治を行えば、ただただ欲望を満たすだけの存在に成り下がるということです。
しかし、不思議なことに明治維新を起こした日本人は、大衆でありながら国家を論じておりました。日本人は不思議な民族ですね。

大阪に松竹座という大衆演劇場がありました。
その看板役者は、『藤山 寛美(ふじやま かんび)』と申しました。
アホ・バカを演じる喜劇役者でありましたが、舞台の最後はお涙ちょうだい、どんなアホ・バカであっても一寸の命がある。どんな小さな存在でも国家を論じる。
江戸時代の大阪庶民は、『帝はん』と共に暮らしてきたと言われます。
仁徳天皇の「民のかまど」の話にあるように、国家を修める天皇はんとその日暮らしの庶民が一体感を持って暮らしている。
もちろん、それは神話であり逸話であります。
しかし、その精神こそ、日本の心そのものなのです。
『大一大万大吉』石田三成の旗印
『One for All, All for one』(一人は皆の為に、皆は一人の為に)アレクサンドル・デュマが書いた「巌窟王」の中で「三銃士」が剣を合わせ誓う言葉
これすべて、『一燈照隅 万燈照国』の心なのです。
伝教大師 最澄の言葉に「一隅を照らす、此れすなわち国宝なり」という言葉あり、一つの灯りは隅しか照らせないが、万の灯りは国全体を照らすことができるという意味であり、日本人は一人一人が1つの灯であることを自覚していた民族であります。

もうお判りですよね。
一人一人が国家を背負う使命感を持つ『公』の心
自らの欲望に素直になり自由を満喫する『私』の心
その相反する二つに心を『公私』といい、公私の区別ができるのが日本人の良さなのです。

万里万象、すべての物に命があり、みな神仏になる。
喧嘩も、粋のいい気風もいいですね。
火事と喧嘩は江戸の華ともいいますし、「やっちゃえ、やっちゃえ」って感じてすよね。
しかし、終り良ければ、すべて良し。

禍根を残し、相手を恨み続けるようなことは止めましょう。
言うだけ云えば、すっと水に流して、何も残さない。
「60年前、100年前、1000年前、いつのことを言っているんだい」
昔のころを掘り返して、根ほり葉ほりする他国の駄目な所を真似る必要はないのです。

いつも『一燈照隅 万燈照国』の心を忘れずにいて下さい。
日本人は一人一人が、自立して自尊心を持つ。国家を支える一燈なのです。

国家の威信を傷つけないで下さいね。

東郭先生と狼

十三世紀の明代の馬中錫が著した《東田伝》に『東郭先生とオオカミ』がある。

“東郭先生”と“中山のオオカミ”は、中国では有名な話らしい。

かって「中国語Ⅲ」でも取り上げられていました。

“東郭先生”では、無意味なお人好しを正したもので、是と非を区別できず同情心は災難を呼び込むことを嗜めております。

また、

“中山のオオカミ”では、受けた恩を仇で返すという蔑んだ道徳心の無さを戒めております。

中国の儒教に始まる多くの教えは、日本に辿り着き、今では根付いて日本の心となっていますが、本家本元の中国では根付かず、昔のままであります。

孔子様も草場の影で泣いていることでしょう。

『東郭先生 と 中山のオオカミ』

「ある融通が悪く、読書に没頭し、頭が非常に固い東郭先生という書生がいた。ある日、東郭先生はロバに乗って、本のつまった袋を背負い、就職のため“中山国”という地に向かっっていたが、不意に傷を負った一匹のオオカミが彼の前に現れ、「旦那さま、わたしは猟師に追われていおり、猟師の矢にうたれ死にかけています。わたしを救うため貴方のその袋に入れては頂けないでしょうか。このご恩は将来必ずやお返しします」と願い出た。もちろんオオカミは人間に害を加える動物であることを東郭先生も知っている。しかし目の前にいるこの傷を負ったオオカミを可哀相に思い、少し考えてから「それでは猟師を怒らせてしまうでしょう。しかしお前がわたしに願い出たからには、必ず助けてあげよう」と答え、彼はオオカミに体を小さくさせて縄で縛り、本の入った袋に入れた。

まもなくオオカミを見失った猟師がやってきて、「オオカミを見なかったかい?どこに逃げたんだろう?」と東郭さんに聞く。「見ませんでしたよ。この付近には分かれ道が多いから、オオカミはほかの道で逃げたかもしれません」と東郭さんがこれに答えた。猟師はその言葉を信用してしまい、ほかの方向へと追っていった。こちら袋に入っていた狼は猟師の遠ざかる足音を確認し、「お願いします、わたしを外に出して、逃がしてくださいまし」と再び願った。心のやさしい東郭先生は狼の言葉に惑わされ、狼を袋から外に出してやった。ところが、狼は外に出るなり「旦那さまは善事をしてわたしの命を助けて下さった。いま、わたしは非常におなかを空かしているので、もう一度善事をしてあなたを食べさせてくださいな」と東郭先生に吼えて襲いかかった。

東郭先生は狼と戦いながら、「恩を仇で返すなんて!」と叫び続けた。このとき、鋤を持った一人の農民が通りかかったので、東郭先生はその農民を引きとめ、自分が狼を助けたが、オオカミは恩を仇で返し、自分を食べようとした経過を話した。だがオオカミは東郭先生が自分の命を助けたことを一切否定した。しばらく考え込んでいた農民は「貴方たちの言葉は、とちらも信じられません。こんな小さな袋にこの大きな狼が入るとは思えない。この目で確かめたいので、もう一度やって見せてください」と言い出した。これに狼は同意し、またさっきと同じく横になり、体を縮め、またも東郭先生に縄で縛らせ、もう一度袋に入ったとたんに、農民は袋の口も堅く縛り、「このようなケモノは自分の本性を変えることはない、貴方は狼に慈悲を施すなんて、バカなことをしたね」と東郭先生にいい、鋤を振り下ろして狼を殴り殺してしまった。ここでやっと気付いた東郭先生は、自分の命を助けてくれた農民に心から感謝した。」

东郭先生和狼  (中国寓言故事)   

在好多年以前,有个教书的老先生叫东郭先生。

有一天,东郭先生骑着一头小毛驴在大路上走,毛驴的背上驮着一个口袋,
口袋里边装着好些书。

东郭先生骑着毛驴正走着呢,忽然,一只大灰狼慌里慌张地朝东郭先生跑过来。
东郭先生一看见大灰狼,吓得腿都软啦。

他想:「哎呀,大灰狼准是来吃我的!」 想着,东郭先生打着小毛驴就要逃跑。

可是,大灰狼跑到东郭先生的面前说:
「老先生,您别跑,也别害怕,我是一只不吃人的狼」

东郭先生一听,站住了: 「你,你真的不吃人吗?」
「真的,我真的不吃人!」

「哎,你为什么这么慌里慌张的呢?」
「老先生,猎人在后边追我,要打死我。您快救救我吧!」

东郭先生抬起头,朝大灰狼跑过来的方向一看,
远处真有一个骑着马的猎人正朝这儿跑呢。

大灰狼更着急了: 「老先生,您行行好,快,快想办法救救我吧。
我永远永远也忘不了您对我的好处!」
说着,大灰狼的眼泪都快流下来啦。

东郭先生一看大灰狼这副可怜的样子,心想:
「这只狼大概真的不吃人,我就救救它吧!」

东郭先生赶紧从毛驴背上跳下来,把口袋里边的书倒在地上,
叫大灰狼赶快钻到口袋里去,还对它说: 「你在里边千万别乱动啊!」

接着,东郭先生把口袋扎好,放在地上。
为了不让猎人发现,东郭先生就坐在口袋前面,假装看书。

不大一会儿,一个猎人骑着马来到了东郭先生面前:
「喂! 请问老先生,你有没有看见一只大灰狼从这儿跑过去呀?」

东郭先生抬起头儿来说: 「没有,没有,我只顾看书,根本就没看见什么大灰狼!」

猎人看见东郭先生身后边的那个口袋,就问:
「老先生,你的口袋里边鼓鼓囊囊的,装的是什么东西呀?」

东郭先生一听连忙说: 「那,那里边装的都是书。唉! 那只大灰狼会不会从别的路逃走了?
你赶紧上别处找找吧!」

猎人听了东郭先生的话,就骑着马追狼去了。
等猎人走远了,连 「嗒嗒嗒」 的马蹄声也听不见了,东郭先生这才长长地出了一口气。

他从地上站起来,把口袋解开: 「喂,大灰狼,猎人走远了,你也赶紧走吧!」

哪知道,大灰狼从口袋里爬出来以后,伸了伸懒腰,打了个哈欠,把两只凶狠的眼睛一瞪:
「老先生,谢谢你救了我。不过,你既然救了我,就救到底吧!」

「哎! 大灰狼,我救了你的命,还不算救到底呀?」

大灰狼吧达吧达嘴,龇着大长牙说:
「这会儿,我简直都要饿死了,你要是救我救到底,就应该让我把你吃了!」

东郭先生—听,又害怕,又生气: 「你这个坏蛋,怎么这样不讲理呀,我救了你的命,
你不报答我,反而要吃我! 你,你刚才不是说,你是一只不吃人的狼吗?」

「嘿嘿! 刚才,是为了让你救我的命,我才那么说的。
你想,天下哪有不吃人的狼呢? 来吧,还是让我吃了你吧!」

说完,大灰狼龇着牙,咧着嘴,冲着东郭先生,「忽」 地一下扑了过去。
东郭先生吓得赶紧躲到小毛驴背后,拼命地喊: 「救命啊! 救命啊!」

正在这个时候,有个农民听到有人喊救命,就扛着锄头,急急忙忙地跑过来。

东郭先生一见那个农民,连忙拉住他的手说:
「老哥啊! 我是东郭先生。刚才,猎人追这只狼,我让它藏到口袋里边救了它的命。
这会儿,它反而要吃我。你,你说该吃不该吃呀?」

大灰狼也说: 「不对,是他把我骗到这个口袋里去的。他哪想救我呀,他是想害死我!」

那个农民听了他俩的话,想了想说:「你们俩的话,我都不相信。这么个小小的口袋,
怎么能装得下那么大的一只狼呢! 喂! 我说大灰狼,你让我看看你是怎么钻进口袋里去的,行吗?」

大灰狼一心想吃东郭先生,说了声: 「好吧!」 就又钻到口袋里边去了。

那个农民等大灰狼把整个身子都钻到口袋里去以后,马上把口袋扎得紧紧的,说:
「好啦,现在,让我们把这条恶狼打死吧!」

大灰狼在口袋里边听了,又装出一副可怜相说: 「放了我吧,我再也不吃人了!」

农民说: 「你这个恶狼,我们再也不上你的当了!」
说着,举起锄头,狠狠地朝口袋打下去,一下! 两下! 三下!  终于把大灰狼打死了。

这时候,农民对东郭先生说: 「东郭先生,你现在知道了吧,不管什么狼,都是要吃人的。
我们绝不能看见狼装出一副可怜相,就以为它不吃人了」

东郭先生连连点头说: 「对,对! 这回,我可知道了,狼,总是要吃人的。
以后,我再也不上它的当了!」

あぁ、2年。大震災から2年

この時期になると菅総理のにやけた顔を思い出す。
外国人献金問題で辞職に追いやられる。まさに、その時、大地震が発生した。
「これで国会は中断だ」
その脳裏に浮かんだのだろう。
時間と共に、ツイっていると思っていた事態が、どうして俺の時に・・・という考えに移っていったのであろう。

人間、危機に直面すると本質が浮き彫りになる。
総理の椅子を捨てても、何かしなければと思う人間もいれば、
何とかして、この責務を回避しなければ、と自己犠牲と自己保身に走る馬鹿に別れる。

菅総理は間違いなく、後者だった。

ゴルフで池を意識すればするほど、池に向かってボールが飛んで行く。
最悪を意識し過ぎる菅総理は、最悪の総理を演じてくれた。

<<阪神大震災、自社政権が良かったなんて、嘘っぱち>>

阪神大震災でも、村山総理が小里貞利氏を震災担当大臣を決め権限委譲したことによって、復興の速度が加速したと言われる。

しかし、それは物の話である。

人間関係も自治体も壊滅的に破壊され、復興されることはなかった。

東北大震災は阪神大震災より酷い状態でインフラすら復興されていない。

阪神大震災の復興なんて“嘘ぱっち”である。

仏像作って魂入れず、町が復興しても、人がいない。

こうなる事は予想されていたし、予想が当たっても何の感動もない。

ここから復興は一気に加速されるが、果たして『魂』を入れることができるのだろうか?

復興には幾つも形があり、その土地と人によって様々な想いが重なっている。

それを汲み上げて、1つ1つ積み上げなければ、復興はできない。

町は復興する。人は分断される。

1つの人生。

1つの町の歴史が終わることを覚悟して生きなければ、辛い10年になるだろう。

秋元康に500億を預けるのは、泥棒に千両箱を運ばせるが如し

秋元康氏は、企業家としては大変すばらしい方だ。

しかし、少女とファンを食い物にする人間としては最低の人種である。

少女の夢とファンの夢を食い物にして、『握手券』、『3000枚のCD』、『人気投票』、なんじゃそりゃ!

小さな劇場で、学芸会として、スターを目指す少女達の1歩であれば、

それは『夢』と『希望』の詰まったスタジオだっただろう。

その中から特化されたグループのみ卒業させて、登竜門にするなら良心的だった。

しかし、秋元康氏はサクセスストーリーそのものを売り物にした。

その少女を支えるファンを食い物にした。

食い物にされた少女とファンに何が残るのだろうか?

金を稼ぐ彼の手法には開いた口が閉まらない。

昔から芸能界はスターを夢見る少女を食い物にする業界ではあるが、秋元康氏は随分派手な荒稼ぎをしたものだ。

ホンの少し良心があれば、人間として尊敬されるかもしれないが、残念ながらホリエモンと同じくお金がすべての彼の感性には共感するものが残念ながらない。お下品な日本文化を広げるだけで、文化を守ろうとか、人間性を大事にしようという道徳は感じられない。

才が際立った人間を余り投与するのはどうかと思う。

道徳を重んじる人材も投与しないと、アベノミクスを危うく感じずにはいられない。

---------------〇---------------
秋元康 「日本政府から500億預かった。この金でクールジャパンを世界にゴリ押ししていく」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130305-00000101-san-pol
「クールジャパン」初会合

 政府は4日、アニメ、ゲームなどのコンテンツや日本食など独自文化を海外に売り込む「クールジャパン戦略」の具体策を検討する推進会議の初会合を首相官邸で開いた。安倍晋三首相のほか、作詞家の秋元康氏らが参加。4月までに海外への発信力強化策などを取りまとめる。

どちらも世界保健機関(WHO)です。どっちの意見が正しいのでしょうか?

2つのWHOの報告が上がっています。

1つは、福島の発がん率は低く。作業員の環境を危惧しております。

1つは、幼児の発がん率が4%も上昇しており、今後の推移に懸念を示しております。

ただ、どちらにも言えることは、

国内では手に入らない情報が海外では手に入るという奇妙な現象です。

福島や日本全国の調査データーをすべて開示して頂くと、

再検討できるのですが、それが残念です。

------------〇------------
東日本大震災:福島第1原発事故 県内住民、発がん増の可能性小さく 作業員は一部高リスク−−WHO推計
http://mainichi.jp/feature/20110311/news/20130301ddm012040084000c.html

毎日新聞 2013年03月01日 東京朝刊

 世界保健機関(WHO)は28日、東京電力福島第1原発事故に伴う、福島県内の住民らと原発作業員の被ばくによる発がんリスクの推計を発表した。住民については「がん疾患の発症増加が確認される可能性は小さい」とした。作業員については、一部でリスクが増加したものの、大部分が「リスクは低い」との見解となった。

 WHOは空間放射線量や土壌、食品の放射性物質濃度のデータから被ばく線量を推計。過小評価を避けるため、低線量でも健康に影響がある▽避難が必要になった地域でも4カ月間住み続けた▽事故当初の福島の食材のみを食べ続けた−−などと仮定した。そのうえで、男女別に1歳、10歳、20歳の年齢に分け、白血病▽乳がん▽甲状腺がん▽その他のがん(肺がんや胃がんなど)−−が89歳までに発症する確率を推計した。

 確率が最も上がったのは、男女とも浪江町の1歳児の「その他のがん」で、0・73ポイント、1・11ポイントずつ上がった。ただ、元々の発症確率が約29〜40%あり、影響は小さい。浪江町の1歳男女児の甲状腺がんでは、0・11ポイント、0・52ポイントそれぞれ増加。発症確率は0・32%と1・29%で、日本の平均に比べて約1・5〜1・7倍となった。福島市や郡山市ではリスクの増加はほとんど見られなかった。

------------〇------------
福島原発事故の詳細な健康リスクに関するグローバル·レポート
http://www.who.int/mediacentre/news/releases/2013/fukushima_report_20130228/en/index.html

2013年2月28日|ジュネーブ- 健康に関する国際的な専門家による包括的な評価、日本の福島第一原子力発電所(NPP)災害に関連するリスク締結している日本の一般集団の内側と外側では、予測リスクが低いと、ことベースラインレートの上ガンの発生率における観察可能な増加が予想されていません。

報告会の予備的線量推定に基づいて2011年に発生した東日本大震災と津波後の原発事故からの健康リスク評価は、 "福島県の人口の特定のサブセット内の特定の癌の推定リスクが増加していること、しかし、注意して、そういうものとして、それはそれらの人々のための長期継続的なモニタリングと健康スクリーニングのために呼び出します。

専門家は、福島県の残りの部分と、世界の残りの部分に加えて、緊急時の位相応答の間に露出されている可能性があり、発電所や救急隊員の一般住民のリスクを推定した。

"この報告書で特定された主な関心事は、特定の場所と人口要因にリンク​​されて特定の癌のリスクに関連している、"博士マリア·ネイラ公衆衛生と環境のためのディレクター言う。"年齢、性別、原子力発電所への近接性に基づいて、データの内訳は、最も汚染された部分に存在するそれらのための高い癌のリスクを示しています。でも、福島県の内部にある場所で - - これらの部分の外側に癌発生率の増加は観察が期待されていません "。

特定の癌の面では、最も汚染された場所にある人々のために、通常予想されるものの上の推定リスクの増大は、次のとおりです。
すべての固形がん - 幼児として露出し、雌では約4%;
乳癌 - 幼児として露出雌では約6%;
白血病 - 幼児として露出男性で約7%;
甲状腺癌 - 乳幼児(生涯にわたり女性の甲状腺がんの通常予想リスクが0.75%と最も影響を受ける場所に幼児として露出女性のために評価し、追加の生涯リスクは0.50%である)として公開され、雌で70%まで。

福島県の第二の最も汚染された場所にある人々のために、推定されたリスクは、最も高い線量の所で、それらの約半分です。

福島原子力発電所内部の救急隊員の特別な場合に報告書はまた、参照セクションを参照してください。3分の1はリスクが増加していると推定されている間に救急隊員の約3分の2は、一般人口に沿ったもので、がんのリスクを持っていると推定されている。

損傷した原子力発電所からの放射線量が、事故後に生まれた赤ちゃんに影響を与える可能性流産、死産や他の物理的および精神的な条件の発生率の増加の原因となることが期待されていないことをほぼ200ページの文書、さらにノート。

"WHOのレポートが必要なフォローアップ医療や支援サービスの提供とともに、高い危険にさらされている人々の長期的な健康モニタリングの必要性を強調、"博士マリア·ネイラ公衆衛生と環境のためのディレクター言う。"これは何十年も災害に対する公衆衛生上の応答において重要な要素のままになります。"

"環境モニタリングを継続し、医療支援とサービスを強化することに加えて、既存の規制の施行を背景に、食料や水の供給の、特に将来的に潜在的な放射線被ばくを低減するために必要とされる、"博士アンジェリカTritscher、のために行動するディレクターは述べています食品の安全性と人獣共通感染症課は、WHOだ。

人口上だけでなく、直接的な健康影響、心理社会的影響は、健康と幸福に結果があるかもしれない報告書は。これらは、全体的なレスポンスの一部として無視されるべきではない、と専門家は言う。

これは、福島原子力発電所事故後の放射線被ばくに起因する世界的な健康影響の初の分析であると推定された線量とその潜在的な健康への影響の分析の2年間の主導のプロセスの結果である。独立した科学専門家が放射線リスクモデリング、疫学、線量測定、放射線の影響、公衆衛生の分野から来ました。

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »