歌会始「万座毛(まんざもう)をしのびて」
今年も歌はじめが行われました。
今年の詩は『立』です。
陛下は、沖縄訪問に強く胸を打たれたと読まれているように思えてなりません。
■今上陛下
万座毛(まんざもう)に昔をしのび巡り行けば彼方恩納(あがたおんな)岳さやに立ちたり
(一万の民の昔をしのびて、巡り歩いていますと、遠くから大勢の方々がお顔を拝見しようと集まって頂きました)
私の解釈
「万座毛は一万の民草という意味で、多くの方々を昔を忍んで歩いていると、(石碑の「たちゅす」を「立ちたり」に置き換えて)多くの方々が会いたいと願っているのだが、(その願いを邪魔する)風の音も波の音もうるさく、責めて「美御機拝ま」と集まってきた方々に感謝を覚えずにはいられません。」と、沖縄を訪問されたご記憶が鮮明に残っているように思われます。
沖縄県の方々が陛下を歓迎してくれたことに感激されているように思われます。
万座毛(まんざもう)<沖縄県国頭郡恩納村にある景勝地>:琉球王朝の時の王である尚敬王が、「万毛(毛は原っぱのこと)」(言い換えると「一万人が座れる広い原っぱ」)と評したことに由来している.
恩納村(おんなそん)<沖縄本島の中央部に位置する村>:その河口域に集落がある。河口には小規模なマングローブが見られることもある。水が豊富であるため、古くから稲作や藺草の栽培も行われた。
恩納岳(おんなだけ):首里から見た場合、山原(やんばる)では最も近い所で「近山原」とも呼ばれている。恩納岳(362.8m)と周辺より高いので、非常に目立つと思われる。
恩納なべ(おんななべ):生没年不詳。琉歌(りゅうか)の歌人。18世紀前半、琉球王朝尚敬(しょうけい)王時代(1713~51)の人と伝えられる。
「波の声もとまれ 風の声もとまれ 首里天がなし 美御機拝ま 」
波の音も静まりなさい 風の音も静まりなさい
国王様がお見えになっておます。みなさん、お顔を拝見して拝みなさい。
<国王が北部巡視途中、恩納村に立ち寄った際に万座毛の広場には王様お顔を人目見ようと、大勢の人が集まりました。断崖絶壁の万座毛は「風の音も波の音もうるさく、そして、集まってきた人々の騒々しい声で台無し、せっかくお見えになった国王様を拝みなさい」という主旨の唄です。>
「恩納松下に 禁止の碑たちゅす 恋しのぶまでの 禁止やないさめ 」
恩納の松下になにやら禁止の立て札が立っているというが、
まさか男女の恋を忍ぶことまで禁ずるようなおふれではないでしょう。
<、男女が夜の原に集まり歌い舞う遊びで、昼間の労働の疲れを癒す素朴な遊びでありましたが、王府では、男女の風紀の乱れを主張し禁止していました。そこを風刺したなべが、「まさか、ここでデートすることまで禁止するものではないでしょう。」と笑っています。>
彼方(かなた):現在から遠く離れた土地や過去・未来を示す言葉で、万葉に「彼方をちかたの 赤土はにふの小屋をやに 小雨こさめ降り 床とこさへ濡れぬ 身に副そへ吾妹わぎも」と書かれているように、情感があふれてる描写を演出します。
私は石垣島しか行ったことがないので、本島のことはほとんど知りません。
戦争のことや、テレビの報道を見る限りでは、陛下をお迎えしようという雰囲気は漂っておりません。
しかし、それって日本愛の裏返しではないでしょうか。
あれほど強く願って日本への復帰をした島の方々にとって、現状は許せないほど悲惨な状況が残っております。
おそらく、日本人のどの地域よりも日本を愛しているからこそ、その失望が今日の沖縄の現状のような気がします。
その負の感情を巧く利用されている感がありますが、その本質は裏返しで、誰よりも日本を愛してくれているように思えます。
そんな心に触れて、感動されたのではないかと想像してしまいます。
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