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有能と優秀、有能者不在の政治が日本をダメにしている

その昔、とある学者が貴族の娘に「貴族とは、どうあるべきか」と聞いた。

貴族の娘は、ワインを舌鼓しながらこう答えた。

「乗馬を楽しみ、おしゃべりをする。おいしいワインとおいしい料理を楽しむことができる者、それが貴族のたしなみです。」

学者は白い髭をわちゃっと潰しながらにっこりと微笑えんだ。そして、座っていいですかというジャスチャーに、貴族の娘は快く応じた。厳格な師が何を喜んでいるのか判らない弟子は複雑な顔をして後で立っていた。

困っている弟子を助けるように、貴族の娘は独り言を言った。

「乗馬もできないようでは、領土の隅々まで行くことができない。おしゃべりができないようでは、何を思っているかも判らない。おいしいワインと料理が判らないようでは、領土が富んでいるのかも判らない。」

なるほど、弟子はそう思った。

「しかしな、私は機嫌を取る世話役(カンセリング)でもなく、何でも知っている葡萄師(ソムリエ)や料理を作る調理師(コック)である必要なない。その意味が判るか?」

しかし、最後の質問に弟子は再び眉を顰めた。

「ただ知るのみでございますか」

学者がそう呟いた。

女の貴族は、上機嫌になって学者にワインを注がせた。

「世話役は執事にやらせればよい。よりワインがほしければ葡萄師を雇えばよい。おいしいものが食べたければ、よい料理人を雇えばよい。大したことする必要はないのよ」

弟子はやっと学者が喜んでいた意味を判り納得した。

学者と貴族は世が更けるまで世間話しを楽しんだという。

<優秀な官僚国家『ニッポン』>

中世の小話に貴族のたしなみという話がある。

貴族は、乗馬ができて、おしゃべりで、ワインや料理を楽しむことができれば、上流貴族であると呼ばれた。

当時、葡萄と小麦は貴重な食料であり、国内の葡萄と小麦の育成を把握できれば、大したものだという話だ。

しかし、鍬を持って一緒に農作業した貴族が有能な貴族とは言われない。

鍬を持ったこともないものが、指示をしたところで何の有益になることはない。

優秀な者を雇って、指示させる方が効果的である。

領主の貴族が優秀である必要はない。優秀な者とそうでない者を見分けることがことができればよい。

日本の官僚は江戸時代から勤勉で優秀な者が多い。

それは日本人として誇るところではあるが、時代時代においては最悪の結果をもたらしている。

太平洋戦争時の総理大臣、東条英機という方は非常に優秀な方だった。

厳格で勤勉、古風にして忠誠が厚く、人情派で世話役であった。

典型的な優秀な軍人であり、官僚であった。

決められたことを的確に行なう能力は非常に高く。処理能力も高い。

平時であれば、これほど頼りになる人材も貴重だと思える。

しかし、典型的な官僚というのは、臨機応変に欠け、全体の構想力と失敗における反省ができない。

そもそも失敗などあってはならないと考える人種なのである。

優秀であるが故に心配のない人生を送り、非常時には常に過去の対応を参考にする。

過去の文献ではなく、過去の事例に習うのである。

歴史に学ばず、過去の経験に学ぶ。

それが官僚、戦争を起こした張本人であり、戦争を引き返す判断ができなかった集団の結末は、すべての日本国民が知る結果で終わっている。

優秀な者が有能な者とはなりえない。

典型的な事例である。

<優秀な秀才を生んだ長州征伐と226>

明治政府は、いわば長州政権であった。

伊藤博文、山県有朋の両氏を責めることはできないが、「長州人であらずば人にあらず」と陰口を言われるほど、政権幹部と軍部幹部には長州人が多く採用された。しかし、その両氏が亡くなって、時代は民権運動に乗り、その揺り返しが起った。

東条英機の父は、長州人採用のあり方に抵抗して軍籍を追われた。長州人排除の機運に乗って東条は出世街道を歩き始める。

この粛正の際に、40才前後の成績が後の階級を決めるという学歴偏重査定を生み出した。

226事件は若い将校の暴発であったが、これによって優秀で厳格な人格者でなければいけないという軍規引き締めが行なわれた。これによって東条英機は歴史の表舞台へと立つことになる。

学歴偏重主義と秀才の集団。それが太平洋戦争を起こした軍閥集団の正体である。

<311と学生運動に明け暮れた世代>

GHQに解体された日本政府は、政府高官をすべて失って世代交代を果たした。

吉田・佐藤と続く時代は、結果的に優秀で有能な官僚の活躍する時代になった。

判断の善し悪し、運の流れなど様々の要因があり、一言で語れないが明治に次ぐ明るい時代の到来であった。

教育改革がGHQの下でなされ、戦後教育が始まった。

1960年代半ばになると、ベトナム戦争などから戦後の学生運動が活発になる。

1968年(昭和43年)の東大紛争や全学共闘会議が頻繁になり、社会への不満と政情の矛盾が吹き出した時代となった。

総理になった菅直人〔1946年(昭和21年)生まれ〕は4列目の男と呼ばれ、機動隊に逮捕されない4列目にいたというのは有名な話である。

この学生運動もきっかけの1つであろう。

詰め込み教育の弊害として、1980年代にはゆとり教育という教育方針へ変更してゆく。

そんな詰め込み教育、学歴偏重時代の彼らも今や50~70才くらいとなった。

高級官僚、大手の社長や取り締り役などが軒並み揃う時代となった。

東大と言えば、優秀な人材の宝庫である。

日本の最高潮、東大法学部を卒業した者は、日本の中枢である大蔵省へと次々に入っていった。

1つ質問されれば、10答えが返ってくる。

そんな優秀な人材が霧が関に集っていった。

311、東北大震災が起ったとき、彼らはすぐに阪神大震災とダイエーの再建産業再生機構のヒモを解いていたと言う。

規模も被害も全く違う阪神大震災をレクチャーしようとし、原発事故を起こした東電をダイエーと同じ処理で乗り切ろうとする。

過去の答えにしか答えを見つけられない。

学歴偏重で生まれた優秀な人材の限界がそこにあった。これは東条英機内閣総理大臣の時代とまったく同じ間違いを繰り返しているだけである。

<有能は人材は優秀な人材にあらず>

貴族は優秀な人材でなくていい。

領地を走り回り、領民の声を聞ければよい。後は優秀な人材に任せればいい。領民の暮らしが良くなれば、良い声が聞こえ、悪ければ、悪い声が聞こえる。そこ声を判断する能力があれば十分である。

政治家も同じである。

選挙民の声を聞き、貴族と同じように民の声を反映させるだけでいい。

後は官僚がやってくれる。

なんと言っても彼らは優秀だ。昨日に答えが見つからなければ一昨日に、一昨日に見つからなければ100年前に遡っても答えを見つけてくれるだろう。

その答えが正しいかどうかは、政治家が決めなくてはならない。

そこを気を付けねばならない。

優秀な者は有能な者ではない。

優秀な者は身近に答えを見つけるのが得意だ。それが民の声であるかなど関係ない。自分で自分のことを優秀だと思っている人間は傲慢になり、他者の言うことを聞かなくなる。

故に、優秀で有能な人材は希にしかいないのだ。

政治家は優秀でなくていい。有能であれば十分である。

政治家は優秀な者の意見を聞くのではなく、有権者の意見を聞くのが大切であり、優秀な者に宿題を与えるのが仕事である。

しかし、今、日本で起きていることは真逆である。

優秀な者の意見を政治家が聞き。有権者の声に耳を閉ざす。

我々は70年前と同じ過ちを犯している。

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コメント

竹原信一・前阿久根市長という方の勉強会に参加したことがあります。いろいろと政治の裏側の話をお聞きしましたがその中で印象的だったのが官僚に挨拶に行った時真っ先に聞かれた言葉が「うちのOBはいる」と聞かれたというお話でした。

こんばんは、ショウさん

OBは重要ですよ。
一般の会社でも、監査役などで普通に天下りしている方々がいます。

特に土木。
やはり何といっても公共事業の仕事をもらう場合、OBと一緒にいくと一発。一緒に行かないと何度足を運んでも仕事をもらえない。
地方の小さい事業なら普通のことです。
土木の仕事って、そんなのばっかりです。
おそらく、他の省庁も似たり寄ったりと思います。

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