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稚心を去り、童心を残す

「パイロットになりたい」、「ぼく、お医者さん」、「わたし、お嫁さん」
子供の子供の頃は、何にでも成りたがる。
宇宙の真理も、世界の法則も、すべて手に入れてしまえるほどに、何にでも成りたがる。
しかし、年を取る毎に萎んでゆく。
「あ~、俺はこんなものだ」
そう思った瞬間が終わりである。

元レーサーの片山右京は、「レースを諦めた奴から落ちてゆく」と言っている。
諦めの悪い奴が優勝するのだ。
根拠も、理由も、何もいらない。ただ、勝つのは自分だと信じる心。
純粋な願いだけである。
もちろん、実際に優勝するのはすべてを持ったものだが、最初に必要な物は純粋な想い。童心である。

「パイロットになりたい」、「ぼく、お医者さん」、「わたし、お嫁さん」
そう思う心がそれを実現する。

しかし、実は2つの心で出来ている。
それが稚心と童心である。

稚心とは、未熟な精神状態を示す。
橋本左内の啓発録には、
「稚心とは、をさな心と云事にて、俗にいふわらべしきこと也、茶菜の類のいまだ熟せざるをも稚といふ、稚とはすべて水くさき処ありて物の熟して旨き味のなきを申也、何によらず稚といふことを離れぬ間は、物の成り揚る事なきなり。」
と書かれている。
おおよそ完成していない状態を表すが、稚児が母親の後ろに隠れるように、自らの足で立とうという立身の心が掛けている。
すぐに言い訳をして、失敗の原因を他者に探し、自ら成長しない。
それでいて、何でも成れると錯覚し、物の通りを弁えない。
わがままを言う大人は、この稚心が残っているのだ。

一方、童心も幼い心だ。
純粋に成りたいと願う気持ちは、無可能を可能に、無を有に変える。
どんなことも疑わず、ただ一心に突き進む。
野球選手を見て、かっこいいと思って、野球選手を目指す。ただ目指す。苦悩も苦心も苦とも思わず、ただ目指す。
そう言った童心を持った人間が、本当に野球選手になり、科学者になり、宇宙飛行士になる。

稚心と童心、まったく異なる心であるが、見分けが付きにくい。

「今日はしなくてもいいや!」
などと思う心は、間違いなく稚心である。

西川きよしが「出来ることから、コツコツと」とキャッチフレーズを上げているが、私は「無理をせず、一歩一歩努力する」と言っている。

この「無理をせず」と言うのが過剰になると稚心である。
体の充電と言って、一日中ソファーの上でテレビを見て過ごすなどは、まさにそれである。

だからと言って、無理をするのも良くない。
昔はよく無理をしては、怪我や事故をしてしまった。
“急がば、回れ”という言葉が判るようになるのはずっと後のことだ。

「成りたい」、「できる」、「したい」という純粋な思いをただ信じて、できないことをできるように、毎日コツコツと一歩一歩やってゆく。

それこそが童心の賜である。

今、思えば、
朝起きて、ジョギングをする。勉強をする。掃除をするという何気ない行為を物心付くまでに教えて貰っていたら、どれほど楽だったかと思い知らされる。
何かを続けるということは、本当に根気のいることだ。
20を過ぎてから気が付くと、悪癖というモノは中々消え去らないので苦労する。
子供達には、そう言った苦労をさせたくないものだ。

「サボりたいとか、楽をしたいとか、そんな稚心を捨てつつ。
    やりたいとか、成りたいとか、したいという童心を残す。」

簡単のようで意外と難しい。

「正しい事を言っているのに、どうして巧くいかないんだ」とぼやいている元総理には、稚心が残っているとしか思えない。

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