2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

« 杞憂です。(11) 計画停電、与謝野案、値上げ反対!!! | トップページ | 杞憂です。(12) 計画停電を乗り切る為に »

2週間と日本の羅針盤

2週間です。
長かったようで、短かった2週間でした。
これほどイラついた2週間もありませんでした。
2011年3月11日 午後2時46分
私は今日が何日なのか判らなくなっています。
まるで2週間が止まったような気分です。

被災者の方々、お悔やみ申し上げます。
福島県民の方々、もう避難されたでしょうか?
東京の方々、慌てないで下さい。そこは安全です。何か起こってからでも、十分に間にあう所です。
もちろん、起こらないことを祈っております。
東京に何かあることは、日本の将来にも関係します。何もない方がいいのです。
本当にこれは他人事などではありません。

大阪は、今のところ平静を保っております。
でも、町の活気が減っているような感じです。
平成7年(1995年)1月17日(火)を思い出しているのでしょうか?
私は思い出していますね!
でも、忘れてしまったことも多い気がします。

何も進まない事態・状況
まるで昨日でも震災にあったような被災者がテレビに映っています。
この2週間は何だったのでしょうか?

地震が起こってから2日後、被害の大きさが判ってきた状態で私は、被災者を西日本に避難させる案を議員などに送りました。
被害が大きすぎてマンパワーの不足を懸念したからです。

救出や避難者が増加するほど、自治体や自衛隊、警察、消防とどれをとっても不足することは容易に想像できました。
況して、病人の治療を野戦病院で賄えるほど、33万人と書かれた被災者の数は半端ではない。

【消火や救出】、【避難者の食糧やケア】、どちらも優先事項が高く、無視できない。
その上、福島原発事故である。
これの人材不足を一気に解決するには、東日本から被災者の数を失くすことが一番である。

【消火や救出】は東日本の自治体や自衛隊、警察、消防が担当する。

【避難者の食糧やケア】と輸送は西日本のボランティアと自治体に丸投げをする。

これでマンパワーの不足が解消される訳です。
単純に2倍の人材の協力が受けられ、医療関係の問題も解決する。

>嘘じゃないですよ<
私は議員にメールと、株式日記と経済展望の3/13に私なら(donnat)で投稿している。
(株式日記と経済展望 http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/774aff07ef89edbb5a357b34664f6ae2#comment-list

もちろん、採用される訳もなく。
かといって、何らかの解決策もなく、無秩序に救出と救援が行われいる。

3/25のテレビに海兵隊が子供達におもちゃを配っている映像を見ると悲しくなります。

阪神大震災の1週間は、何も進まないという感じでした。
まるで今の避難所のような感じです。
2週間目になると何もかもないという感じで、やっと救済が始まった感じです。
天皇陛下の御訪問もあり、救出が終わり、復興が大変だという感じでした。

救援に随分と偏りがあるという感じです。
現実は判りません。現地に行かないと判らない事だらけなのは経験済みです。

あのときは自衛隊の出動の許可を下りずに、一部の独断を除けば、自衛隊は国民の危機に待機していたことを指揮官が忸怩たる思いを語っていました。
私の家は大阪で被害も小さかったのですが、私は水を運ぶことぐらいしか何もできず、ただ隣人の嘆き悲しむ姿を見るくらいしかできませんでした。
当然、陽気な姿で現われた村山総理への恨みは忘れません。
「今頃、何しに来たんだ!?」
そんな感じです。

あれ以来、
自衛隊がすぐに活動できるようになったのは良くなった点です。
しかし、災害が大規模化すれば、マンパワーが不足するのは当然のことです。
通信手段も限られます。
官邸は機能不全。
現地の指揮官も不在。東京との連絡は中々付かない。
結局、責任をすべて被れる人がいないことが原因です。
そう、それと外交のプレゼンションもうまく言っていませんね。

新潟で巧くいったことが、東日本でうまくいく訳がない。
そんな当たり前のことが判らない。
「なにぶん初めての経験ですから」
そんな言葉が漏れる政権ですから、何も学んでいなかったのでしょう。

歴史は繰り返すと言いますが、
教訓を何も活かしていないというのは悲しいことです。

今となっては、被災者の全員避難という案は、もう意味を成しません。
(4月に近づきましたので、今更という感じて、現実的でなくなりました。)

旅館街を避難地に利用するのも始まっていますが、まだ撤退されてません。

もったいないですね。そろそろ学校より住みよい環境にさせて上げたいです。

しかし、できることはあります。
(たいしたアイデアでもありませんが、とりあえず)

1つは、集団疎開です。学校ぐるみ、家族ぐるみ、町村ぐるみ、いずれでも構いませんが、各自治体、特に過疎地などへの移転です。
「子供の笑い声が、鳴り響く町」
そんなチャッチフレーズで、避難所からの移動です。(避難ではないので、あくまで希望者です)
家もない、病院もない、学校もない、そんな状況の子供達を普通の生活に戻す為に処置です。
さらに、家族が疎開すれば、家主だけになり、現地の避難者と食糧が4分の1に済む。(飯場を作れば、さらに快適になる。)
注).過疎地といっても、施設がある場所が対象です。どう考えても、仮設住宅の生産力が間に合わない。<そこが気にいって住みつくのも、多少希望としてあります。>

1つは、公営の土木会社の設立です。(単純に言うと職の斡旋です)
救出作業の終了宣言の後に、復旧の作業員として雇うことです。町を復旧する意欲と家計を支えます。
道路の復旧が終われば、民間の土建会社に委託するという形で、仕事を割り振るという形でもいいでしょう。
注).家も職も失った方々へ、職を持つということは心のケーアになります。

1つは、復興計画の発表です。海岸部の国営化を宣言して、すべての海岸部の買い取りを行い。町ごと山側への移転を推進することをお勧めします。
もちろん、20~30mの城壁で囲ったような西洋風の新しい町のビジョンでも構いません。(仙台空港の周辺はこちらのタイプが向きます。)

1つは、各県に10兆円の災害国債の発行です。無利子国債、10年間の返済猶予、返還は30年分割、日銀預かりにするのが必要です。

(各県の災害対策に裏付けが必要)

こちらは、被災者向けではありませんが、間接的に影響する電力です。

・自立国債の発行、または、新エネルギー推進融資国庫の設立。(自立国債は電力を軽減する施設に発行し、使用した電気量分を返還していくシステムです。国債発行は国が嫌がりますので、融資国庫でも、公団でも問題ありません。電気量で完全に返還されるされるシステムなので、国債でも、公団の場合は、損失分のみ国庫負担として、日銀より無利子融資をしてもらうことで、各企業、個人の家庭の資金が融通されます。)

いずれにしろ、
今後のビジョンと将来の予定を打ち上げることが重要でしょう。
国が国民を見捨てないというメッセージが必要です。
無計画に進めると、再び同じ災害が起こることになるでしょう。

この2週間の無能ぶりは見飽きました。
そろそろ目を覚まして、未来を示してゆきましょう。

« 杞憂です。(11) 計画停電、与謝野案、値上げ反対!!! | トップページ | 杞憂です。(12) 計画停電を乗り切る為に »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2週間と日本の羅針盤:

« 杞憂です。(11) 計画停電、与謝野案、値上げ反対!!! | トップページ | 杞憂です。(12) 計画停電を乗り切る為に »