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2010年8月

40円になる危険性だったある。

円高の原因は、米国やEU諸国が新興国に自国の製品を輸出する為に政策から自国通貨安にやっきになっているからである。

たとえば、ホンダのプリウス
世界初の量産ハイブリッド専用車である。その価格は189?327万円と言われる。
同じように米国フィスカーオートモーティブ社も、『Karma』(カルマ)を販売している。その価格は、価格も8万7900ドル(約825万円)と公表されている。
ホンダのプリウスの方が性能がよく、安定性があり、価格も安いとなれば、プリウスが熟れる。

しかし、1ドル80円が40円になれば、825万円が412万円に評価損が起こって安くなる。1ドル20円ならさらに半分である。
実際、そんな極端なものではないが欧米の販売価格が下がる下がることが判って貰えると思う。
中国はドル元レートを固定化しているので影響はあまりないが、インドやアフリカや南米では、レート差がそのまま価格に反映される。
インドなど格安カーを販売しているカカなどは、安くなった海外車と価格競争を強いられることになる。
今、欧米は輸出産業の回復に躍起になっている自国通貨安によって輸出を強化しているのだ。

さて、日本は実際のところ蚊帳の外なのではあるのだが、為替というものは日本も連動しているので欧米の通過安政策は円高を進めることになる。この円高の劣悪なところは為替誘導や為替変動差から差益をえようとして円高になっていないことだ。欧米の国家戦略であって、この流れが変わらない限り欧米の自国通貨安は止まらないのである。
日本政府・日銀が為替介入したところでほとんど変化がないか、すぐに円高方向に戻ることは予想される。
できる政策は日本も欧米に連動して、自国通貨安の方に持ってゆくのが正しい政策であろう。

欧米対新興国の戦いが続く限り、無策の政策を続ける日本は円高が進行する。80円⇒60円⇒50円⇒40円と上がってゆくしかないのだ。
政府は無策であっても企業はそうはいかない。
外需産業は拠点を海外にすべて移してゆくしかないだろう。おそらく、80円⇒60円のどこかで日本を見限るだろうと推測する。
一方、国内では海外の商品の価格安が進行する。80円⇒60円から失業者が増加する当たりから益々価格安商品が売れるようになってゆくと考えられる。100円均一商品の品揃えが充実してゆく半面、国内産業の廃業が相次ぐだろう。失業者は10%を超えて20%を凄い勢いで増えてゆくことになる。
円高が40円になった頃から輸入を制限する以外に取るべき政策が無くなってゆく。
本来、国の強さを示す通貨が自国の首をくくるとは何と言う皮肉であろうか?
日本が無策であれば、一流国から一気に三流国への転落である。
輸入制限などの強硬的政策を取られれば、日本の円高は反転して円安になるだろう。しかし、国内産業は全滅、海外輸出組は海外に拠点を移しているので、円安は資源高・物価高の相乗効果を引き出して、日本の資金を吸い上げていくことになるだろう。
これが最悪のシナリオの1つである。
ゆえに、日本政府も早急に対策を練らねばならない。

取るべき政策は2つしかない。
・為替を維持して、外需を養護する。
・内需を拡大して、為替の変動影響を小さくする。
いずれの政策を取るとしても、やることを円高の抑止である。

円高の抑止は、
・為替介入
・日銀の国債購入
・新国債の発行
・新紙幣の発行

などが上げることができる。

○為替介入
この政策は基本的に欧米の政策と相反するのでかなりの抵抗が予想される。その額は以前の30兆円クラスでも影響があるかどうか疑わしい。いずれにしろ、115円当時に買った米国債は85円なった時点で35兆円の評価損をしているので、もっと早い時点で為替介入を行っていた方が効果あったと思われる。私のあくまで私観であるが、今更の為替介入は反感を買われるだけで効果はほとんどないと思われる。90円を切った時点で、政府は90円以下は容認できないと表明して、ジャブのような為替介入することで日本の意思を表明するべきであっただろう。85円を切ってきたこの時点になると、30兆円規模では影響が小さく、100兆円規模が必要になるのではないだろうか? それを国際社会が許すかというと疑問を感じてしまう。
結論をいえば、今更の為替介入は深い感を買うだけで意味がないと思われるが、日銀が84円で為替の介入を示唆した。あとはどれだけの金額を上積みするのかが注目になる。少ないと市場が感じれば再び円高に、大きい額であれば他国の不快感を表明されることになる。それを跳ねのけるだけの胆力が日銀総裁と総理大臣にあるかが試されることになる。
いずれにしても、為替介入は時間稼ぎにしかならない。欧米が政策転換するとは思えないので日本政府も次の政策は必要になる。

○日銀の国債購入
新国債の発行や新紙幣発行も方法論が違うだけで同じ意味である。他国と同じように自国通貨の価値を下げることに意味がある。ダブついた通貨が再び日銀に返ってこない為に、内需に刺激を与えることが重要である。
自民党時代なら高速道路などの建設に資金を使うところだろうが、私としては太陽光発電や地熱発電、天然ガス等のエネルギー関係の充実にその資金を使ってもらいたい。

☆円高抑止と内需拡大の相関関係はあまりないが、同じ自国通貨安を促進するなら内需循環社会への転換を図るべきである。

なぜ、外需依存社会から内需循環社会への転換がいいかといえば、内部で完結している社会は為替の影響を最小に抑えることができるからである。
アメリカが強大な軍事力を背景に世界経済の均一化ができている時代であれば、安価な外国資源を購入することが国益となり得た。
そういう意味で戦後の日本政府の政策は間違っていない。
しかし、中国の台頭と米国の衰退は、資源戦争の様相を醸し出している。外需依存社会である限り、この戦争に巻き込まれない方法は皆無である。資源国は自らの資源を戦略のカードとして使用してくるのは間違いない。最近、レアアースの輸出規制をした中国を見ても判るように、資源の高騰はたびたび襲ってくると考えた方がよいだろう。輸入が悪いと言っているのではなく、相場の変動のたびに日本の産業が停滞することないように国策を行うことが重要である。

米国におけるイラク政策の失敗当たりから日本は本来の政策を転換するべきであったと私は感じている。
日本政府が外需依存構造から脱却して、内需主導社会構造で転化していれば、その過渡期といえど円高の影響も限定的に考える可能性があったかもしれない。しかし、現在のところ政府はそのような転換を行っていない。そうなると円高はそのまま日本経済を直撃することになる。今後の日本をどうするかを考え直すべきであろう。

さて、考え直すとしてもその材料を見なおしておこう。

社会構造を転換するにはどんなに急いでも10年は掛る。
〔戦後(1945年)から高度成長期(1955年以降)まで10年で復帰を果たしている。満州国も水豊ダムが稼動した時期より推測して10年もあれば経済構造を作ることができた。ソビエト崩壊(1991年12月25日)からプーチンが大統領(2000年)となり再生を果たしたのも約10年くらい、そう考えると国家構造を変えるのは10年くらいで変えられると推測する。〕

10年後の日本の姿として、
・外需依存社会を継続するか?
・内需循環社会に移行するか?

この選択がまず考えられる。

○外需依存社会を継続する場合

第一に考える必要があるのは、シーレーンの維持である。
・アメリカの国力が回復する。
・中国がアメリカを凌駕し、かつ、自由貿易の維持に努める意思がある。
・日本が独力でシーレーンの防衛を受け持つ。
大体の3つが推測される。上の2つはどちらも希望的観測であり、3は防衛費の増額がいくらかかるか想像もつかない。

第二に考える必要があるのは、資源輸入国の分散である。
第一がすべて希望観測的である以上、中東の資源に頼りきるのは危険である。かと言ってロシアから天然ガスを大量に輸入するのも危険であり、ブラジルなどを含む多くの国々と輸入を分散するのがよいだろう。

第三に考える必要があるのは、資源の高騰である。
新興国が急激に経済発展を遂げている現在において、資源の枯渇は社会問題といずれなるのは当然のことである。
近年の石油高騰のおりに、サウジアラビアが増産で対応できなかったのは、すでに枯渇がはじまっている証拠である。別に原油が枯渇するという訳ではない。しかし、海底油田などの生産移転は行われ、1バレル10~30ドルの時代は終わり、60~80ドルの時代に移行いたと考えるべきであろう。事故が起こればすぐに100ドルを超える時代に突入したのである。その他のレアメタルやレアアースの購入先の開発と新素材の開発は急務になってくる。ともかく、開発資金を潤沢に供給していく必要がある。

第4に考える必要があるは、新興国の技術力の躍進である。新技術の開発までは一気に追いつかないとしても、既存の技術力はすぐに追いついてくる。また、すでに追いついた分野があることを十分に認識する必要がある。今後も世界をリードしてゆく技術力を維持してゆくことが如何に困難なことかと思うと、基礎技術への投資や既存の研究開発費の少なさが心配である。

その他にも考える点はいくつかあるが、やはり最も重要になってくるのはシーレーンである。米中が覇権を争う限り、シーレーンの維持は難しい。国際紛争にいつ巻き込まれるか判らない状態である。少なくとも自衛隊が護衛できるくらいの軍備と法整備の覚悟がなければ、とても今後も外需依存は困難である。

○内需循環社会に移行
一言でいえるものではない。宣言すればできるのなら先人の苦労はなかっただろう。少なくとも20年前であれば、資源のない日本を内需主導の経済に変えるなんてことは夢物語であった。
しかし、この20年間の世界の情勢が大きく変化し、さらに技術の進歩はそれを可能な域まで引き上げたことは脅威に値する。
もっと大きな冒険は避け、現在の円高対策を打ち出しながら20~30年の長いスパンで社会構造の改革を行う方を推奨しますが、内需の拡大(エネルギー自給率のアップ)は国策にする必要があります。

さて、内需主導の経済構造に変換できる根拠はこうです。
・石油価格の高騰でその他のエネルギー価格と均衡してきた。
・技術の革新が目覚ましく不可能だったエネルギーが手に入れることができる。
・すでに購入した資材の価格の高騰でリサイクルの価格と対等してきた。
・アメリカの衰退でシーレーン防衛が将来困難になる可能性が高く、内需生産できるものは内需生産ができる体制を整えておく方がリスク回避になる。
・日本社会のガラパゴス化を非難する方もいるが、内需主導ならば世界標準に合わせる必要がなく、国内製品の高性能化や特化を推進して、10年・20年先の社会実験的な国家を目指すことができる。
(世界標準と言えば聞こえがいいですが、これは安価で高性能な商品を意味します。日本が得意とする高価で超高性能な商品は世界的に需要が低く、生産するメリットが少なくなっています。日本の技術の劣化が心配しております。ならば逆も真であり、日本自身が特化した国家になれば、超高性能しか売れない国家が誕生すれば、需要が生まれ技術の維持も図れるという訳です。日本に輸入したい業者は常に技術革新を迫られ。日本の企業は常に追いかけられる者として前を行かなければなりません。)

○原油・資源の高騰
エネルギー価格の高騰がすべての発想の根幹であります。
10~30ドルくらいを推移している時点では、このような発想は不可能です。60~80ドルくらいになった現在では、採算ラインに乗って来ています。
太陽光発電の実用性
これは疑いようもありません。すでに多くの家庭の屋根に設置され、発電中であります。これからは価格の問題と生産電気量の問題になってきますが、いずれは解決するレベルだと思われます。これの最も大きなメリットは夏の一番暑い時に最高電力を生産してくれることです。いわゆるピーク電力を抑えることができることは総電力計画にとって大きな要因であり、根本的に原子力や火力発電はピーク消費電力も元に発電所の数を計画しております。ピークが下がるということは発電所数を削減できることになるのです。
・風力???
こちらは勉強不足でどれくらいの発電が実用化できるか把握できていません。ただし、特殊地形の箇所については十分な発電所となっております。海上の風力発電の計画もありますが、海上における風力のデーターが公開されていないのでなんともコメントしづらいところです。ただ、海風・山風のように一定期間吹く風があるように、『六甲おろし』などと揶揄される特殊地形では一定量の風力を得られる可能性は十分あると考えられます。
・地熱発電
20年前の実情から見れば、壊滅的な技術力不足で実用は不可能と考えていた分野です。この20年でもっとも技術力が上がったのは地熱ではないかと思っております。その原因は高層ビルです。高層ビルを支えるには地下の岩盤と言われる所まで掘り下げて杭を打つ必要があります。巨大な構造物ほど杭は大口径になってゆきます。さらにトンネル工事などで岩盤を打ち破る技術も向上しました。この2つが1つ技術になると大口径のボーリングマシーンが完成します。日本中どこでも温泉が安価で掘れるようになったのはこの恩恵であります。これによって天然の貯留層を当てにしない掘削が可能となり、マグマ発電の可能性が現実になってきました。あと50年先と書かれるものがありますが、資金と資材と人材をつぎ込めば、10年で現実化、15年で実用化(もっと短縮できるかも)は可能だと推測します。(何よりも現在は予算が少なすぎることが問題です。)実現すれば、日本の総電力の3倍が賄えると書かれていたりしますが、それは眉唾として、現在の3分の1、原子力発電と同じくらいは十分賄えると思っております。
・天然ガス
こちらは最近有名なメタンハイドレートです。採掘困難な太平洋沖の開発資金を日本海側に移すだけでも実用化は十分と言われております。太平洋側は未だに採掘実験にも成功していないらしく、実用ベースになるのはいつかまったく未定でありますが、日本海側の方は理論的に採掘可能であります。予算は太平洋側が年間約50億円に対して、日本海側は数千万~数百万円単位であり、日本政府が本気でメタンハイドレートの採掘をやりたくないのではないかと考えられます。日本海側に予算が付けば、日本海側の埋蔵量は推定7.4兆立方メートル、天然ガス約100年分にあたる世界最大規模の埋蔵量があると言われ、実現すれば天然ガスの輸入国から輸出国への大躍進を遂げることになりそうです。
・バイオエタノール
海藻等からバイオエタノールを生産する研究である。農林水産省所轄の財団法人【東京水産振興会】の試算では日本の領海と排他的経済水域(EEZ)をあわせた海域約447万平方キロメートルのうち1~2%を用いるだけで年間1.5億トンの海藻を養殖でき、この海藻から400万~500万キロリットルのバイオエタノールが生産できるという。これは現在の日本国内のガソリン使用量の約1割にあたると発表されている。その他にも湖の厄介もの水草をバイオエタノールにする。ウォーターレタスを除去費と考えれば、採算ラインが合わないものでも事実上の黒字化になる可能性もある。また、このバイオエタノールからペットボトルや化学繊維などを作る研究も進められているので、将来的にはガソリンにとって代わる存在になるかもしれない。
・リサイクル都市鉱山
レアメタル、レアアースの価格高騰によって、リサイクル費用が捻出できるようになりつつある。日本の都市鉱山の埋蔵量は約6800トンと言われ、現有埋蔵量の約16パーセントにあたる。実際、ここ数年の金の取引を見ても、日本は輸入国ではなく、輸出国に転換している。その他のレアメタルやレアアースもいずれ同様になりそうである。そう考えれば、リサイクル事業に力を注げば、国内再生産も可能になる。

大体、以上のようなことを10~20年で実現すれば、輸入額が削減され、必要外貨も収縮されます。
このような事業に10年くらい国力を注げば、円高とか、円安とかに戦々恐々としない国家になるかもしれません。
私の理想は内需依存でもなく、外需依存でもない。内需における自給率を確保しておいて、なおかつ、外需で外貨を稼ぐのが理想である。ブロック経済は否定的ですが、世界経済を見れば十分あり得ることで、保険をかける為にも内需、自給率の向上はやってもらいたいと思っています。

結局のところ、外需が正しいとか、内需が正しいとかの議論は実際のところ無用だと思っております。
こんな議論をしなければならないのは、既存の制度を維持したい為に新技術や世界情勢を無視して、政治を行っているツケのようなものです。
新しい技術や制度を常に取り入れていけば、おのずと国家の形が変わって逝きます。
昔の形を維持しようとするところに無理があるのです。

太陽光パネルが採算ラインに乗ったなら、ピーク電力を抑える為に国が率先して推進するのは普通の行為です。それだけで原発の一基開発するより、太陽光パネルに奨励金を付加するほうがどれだけ安価で行えるかと考えれば、答えはおのずと決まっております。
当たり前のことを当たり前にできない。そういった既存の勢力と戦わなければならない為に、内需主導とかいう言葉を言わなければならないのです。

実際は内需主導でも何でもありません。雇用を安定させ(エネルギーと食糧の)自給率を上げておこうと言うことなのです。

為替も同じであり、円が上がり過ぎれば下がるように政策を取り、下がり過ぎれば上がるようにする。
デフレになれば、インフレに誘導する。バブルになれば、歳出を制限して崩壊後に備える。
当たり前のことを当たりまえにできるれば、それほど悩むことではないのです。

成し遂げられた目標と誤った選択

ペルリ(ペリー)来航をご存じだろうか?

「太平の 眠りをさます 上喜撰(酒名:じょうきせん) たった四隻(杯:はい)で 夜も眠れず」

江戸の混乱を風刺した狂歌である。
日本の近代化、文明開化のたった数発の砲弾から始まった。そして、その想いはただ一つ、日本を守りたいという純粋な想いからであった。

当時、阿片戦争(1840年から2年間)によって上海を失った中国の清王朝は日沈む太陽であった。日本も清の商人から伝えられ、蘭学が発展していた日本ではこの意味を深く理解していた。
それは清が敗北した直後、「天保の薪水給与令」(天保13年 1842年:異国船打払令を排し、遭難した船に限り給与を認める)からも見てとれる。
そして、開国の議論が進展しない日本国内にペリー来航(嘉永6年 1853年)が開国を強制したのであった。

『日本国を西欧の列強国から守る。』

それが日本の幕府幕臣・志士と立場の違いがあれど、攘夷派・開国派の思想の違いに関係なくすべての願いでもあった。

幕末、明治初頭の日本には、“大東亜共栄圏”という思想が強くあった。もちろん、“大東亜共栄圏”という言葉はない。簡単に言えば、日本国だけではとても西欧(イギリス、フランス、ドイツ、オランダ等)、アメリカ、ロシアには太刀打ちできないので、アジアも1つになって対抗しよう。
しかし、大帝国の清はその重要性に気づかず、属国の朝鮮は清に依存度が高く、自主独立の気運がなかった。

東南アジアに目を向けると、
ビルマ(ミャンマー)は、イギリス領インドに対する武力侵略を発端とする第一次英緬戦争(1824年から1826年)に敗れてベンガル地方の割譲していた。(1885年の第三次英緬戦争で王朝は滅亡し、1886年にイギリス領であったイギリス領インドに併合されてその1州となっている。)
タイは1826年の英国との友好通商条約及びバーニー条約を結び、後にイギリスとフランスの緩衝地帯的な存在として独立を守った。
(1853年がペリー来航である。)
カンボジアは1863年にフランス植民が開始され保護国になる。
ベトナムは、1883年にフランスの軍事的圧力の下で癸未条約(第一次フエ条約、アルマン条約)を結びベトナムを保護国化した。しかし、それを認めない清朝と対立し、清仏戦争(1884年8月~1885年4月)が勃発し、停戦の後にベトナムの保護国化を認めさせた。
後にロシアが領土拡大の南進政策を取りイギリスと紛争を繰り返すのも、アメリカが西進政策から満州の利権を得ようとしたのも、植民地の分割レースから起こったものだ。
(日清戦争 1895年)
当時の常識として、植民地または領土を拡大する国家が近代国家なのである。

日本の先人達が台湾、朝鮮と拡大政策を取るのも世界の常識であった。
そして、ペリー来航より50年、日露戦争に勝利した日本は『日本国を西欧の列強国から守る。』という誓いを達成したのである。
しかし、ロシアに勝ったと言っても防衛に成功したという程度あり、満州の鉄道権益と樺太(からふと)の南部を手に入れただけであった。
敗戦したとは云え、大国であるロシア、後のソビエトの再来襲は確実であった。
日本人は勝利に酔いしれるのでなく、勝って兜の緒をしめなければならなかったのである。

しかし、残念なことに政府・軍部・マスコミは勝利に酔いしれてしまったのである。

当時の内閣は第11代桂太郎総理大臣である。元老・山縣有朋に支えられた桂総理の元で、ポーツマス条約・第2次日韓協約・日清満州善後条約の締結が行われた。
戦前の新聞は「戦争賛美」「戦意高揚」をうたって国威を盛り上げていた。
しかし、ポーツマス条約で賠償金を貰えないと知るや、朝日新聞などは「桂太郎内閣に国民や軍隊は売られた」、「小村(交渉に当たった小村寿太郎のこと)許し難し」、「条約を破棄して再戦すべし」と日本政府の弱腰外交を非難して書き立てた。
当時のマスコミは世界情勢に疎く、部数を獲得する為の金権体質にのめり込んでいたのと推測される。
これは何もマスコミだけではない。わずか50年という短期間で近代化を成し遂げた日本人の精神的な成熟度が追いついていなかったと考えられる。

知識とは沼に似たものである。貯めておくと水が腐って悪臭を放ってしまう。
知恵とは井戸に似たものである。水が貯まっているように見えるが清流が常に流れており、いつまでも清々しい。

西洋の知識を一気に手に入れた日本人はその知識を知恵に消化するところまで至らなかったと考えられる。180度変わってしまった価値観に戸惑っていたのかもしれない。それは太平洋戦争に敗北した後、現在の日本にも言えるかもしれない。
いずれにしろ、マスコミは庶民を煽り、政府は真実をひた隠しにした。軍部も勝ったことへの慢心が残った。
結果として、敵対国への警戒より内部の派閥争いへと心の力学のベクトルは変化していった。

当時のロシアを見てみよう。
19世紀、フランス革命の後にナポレオンの登場によって1812年のロシア遠征にみまわれる。ロシア遠征はイギリスとフランスの対立から始まり、大陸封鎖に参加しないロシア帝国への敵対行為としての報復であった。フランスのナポレオンを退けたロシア帝国は神聖同盟を結び、トルコ・エジプトへと南下政策を取った。年間を通して凍結することのない不凍港の獲得に熱意を燃やしたのである。
1855年、クリミア戦争の最中にニコライ1世が崩御したため、アレクサンドル2世が即位したが、戦局は悪化の一途をたどり、1856年3月にロシアは敗北を認めパリ条約を結んだ。アレクサンドル2世はロシアの敗北は工業化の発展の遅れと考え、。農奴制の解放を「下から起こるよりは、上から起こった方がはるかによい」と考え、西欧化改革を慎重に採用していくことにした。
1861年、「農奴解放令」を発布し、近代化の筋道をつけ、ロシアも産業革命が進むきっかけとなる。
クリミア戦争以後、ロシア政府はバルカン南下政策に慎重になっていたが、1877年ブルガリア保護の名目でオスマン帝国に宣戦した。露土戦争には国家の威信回復がかかっており、9ヶ月の戦いの後にアドリアノープルを陥落させて敵側から降伏を引き出した。しかし、東欧の南進は西欧の利権が深く絡み合い、非常にハードルが高い。その頃、阿片戦争(1840年から1842年)より以降の清王朝は没落を始めており、西欧の進出が目覚ましかった。
1880年、ロシア帝国のアレクサンドル3世は東アジアへの進出を目的としてシベリア横断鉄道計画の検討を始め、1891年に建設を開始し、日露戦争の最中1904年9月にようやく全線開通した。
1904年、日露戦争が勃発した。圧倒的な兵力を持つロシア軍の前にすぐに日本は降伏すると思われたが、陸戦では奉天会戦の敗北。極東に派遣されたバルチック艦隊が日本海海戦で完全壊滅した。
1905年1月22日、「血の日曜日事件」をきっかけに労働者のゼネストによるロシア第1革命が起こった。もちろん、この騒動を支援したのは日本の外交官とその筋の人間である。
1905年(明治38年)9月5日、アメリカ合衆国の仲介でポーツマス条約が結ばれ、ロシアは日本の満州の利権を認め、南樺太を日本に割譲することで戦争は終わった。

では、当時の兵力を見てみよう。

陸軍兵力
   全ロシア軍 極東ロシア軍(戦争末期)  :  日本軍
歩兵 1740個大隊(167万)  687個大隊 : 156個大隊
騎兵 1085個中隊(18.2万) 222個中隊 :   54個中隊
砲兵  700個大隊(16.7万) 290個大隊 :  106個大隊
工兵  220個中隊(5.7万)    不明   :  38個中隊
火砲  12000門       2260門 :    636門

全ロシア陸軍の現役総兵力は207万、予備・後備役を含めた動員可能兵力を加えると、400万人とも500万人とも考えられていた。
対する日本陸軍は約20万弱(ロシアの9%)であり、総動員数は109万人に達した。ヨーロッパ最大最強の陸軍と言われたロシア陸軍に勝つということがどれほど大変なことか判ってもらいたい。

海軍兵力
区分     全ロシア軍  太平洋艦隊 : 日本艦隊
戦艦       22艦    7艦       6艦
装甲巡洋艦     7艦    4艦       8艦
装甲海防艦    20艦    0艦       8艦
巡洋艦      10艦    7艦       18艦
駆逐艦       ?    27艦       27艦
総トン数    約80万㌧  約20万㌧    約26万㌧

海軍と言えば、有名なのはバルチック艦隊である。ロシアの艦隊は日本の約3倍あったが、バルチック艦隊(バルト海艦隊)、黒海艦隊、太平洋艦隊(東洋艦隊)、裏海艦隊(カスピ海艦隊)などに分散されており、地理的に集結することは不可能である。太平洋艦隊(東洋艦隊)に限定すれば、日本軍の優勢であった。よって、ロシアはこの均衡を崩す為にバルチック艦隊を派遣したのであったが、そもそも北海限定の海軍のすべてが外洋仕様である訳もなく。また、日英同盟上、イギリスの妨害があり、スエズ通行ができないバルチック艦隊は喜望峰を回り、食糧や水や石炭の補給もままならない状態で日本海に到達した。砲弾も質量ともに日本よりも劣り、練度は低く、実戦に対する準備も出来ていなかった艦隊が壊滅させられたのも頷ける話である。ただし、バルチック艦隊の壊滅的打撃を与えることは日本の絶対条件であり、バルチック艦隊の健在により領海権(シーレ-ン)を失う危険性もあった。補給路の安全確保の為にも日本海戦も負けられない戦いであった。

日露戦争における日本軍・ロシア軍の損害は、
日本: 死者8.4万人、負傷者14.3万人、捕虜0.2万人
ロシア: 死者5万人、負傷者15万人、捕虜7万人

年間歳入比で比べると日本が2億5千万円、ロシアが20億円
人口で比べると日本約4千6百万人、ロシア約1億3千万人

兵力動員108万、戦死者4万6千、負傷者16万、投入した軍費19億5千万という莫大な消耗に喘ぐ日本
投入した軍費19億5千万円
開戦前の日銀の保有正貨は5千2百万円であり、日本の一般会計の歳出が2.5-3.0億円程度であったことを考えると6年分以上の出費をしたことになる。
因みにこの借金の返済はこうである。
日露戦争で調達された英貨公債は、
第1回が明治37年6月に1千万ポンド、
第2回が明治37年11月に1千2百万ポンド、
第3回が明治38年3月に3千万ポンド、
第4回が明治39年8月に3千万ポンドと発行されている。
利率は、最初の2回が6分、後の2回が4.5分である。この最初の2回分を低利債に借り換え、償還するために、日本政府は明治38年11月に4分利付英貨公債5百万ポンドを発行、更に40年3月に5分利付き英貨公債を発行して、六分利付き英貨公債の借り換えを行った。つまり日本は借金の返済をしたのではなく、低利の資金に借り換えを行ったのである。

つまり、
年号  年度初残  発行高  償還額  年度末残 
明治36   5.3      0.1       0.0     5.4 
明治37   5.4      4.3       0.0     9.7 
明治38   9.7     9.4       0.4    18.7 
明治39   18.7      5.0       1.8    22.0 
明治40   22.0      3.1       2.5    22.5 
明治44   26.5      0.4      1.0    25.8

明治末までほとんど借金は返せていない状態であり、日露戦争の借金は、第一次世界大戦の後まで残ったと言われている。ただし、ここに使用された戦費が重工場の多くのを作りだし、この後の日本の文明開化をもたらすのも事実である。大正の時代、戦後と違うのはテレビと冷蔵庫と言われるくらい文化は発展した。

以上のように日露戦争の勝利は薄氷の勝利であり、この事実を公表しなかった政府の罪は大きい。
また、敗れたとはいえロシアは大国であり、いずれ再び再来することを危惧しなかった。少なくとも公然と語られなかったのは問題であった。
また、文明開化が日本人に在らぬ自信を付けさせたとも言える。
いずれにしろ、日露戦争の遺産によって、日本は次の世界大戦へと運命に導かれることになる。

日本が日露戦争で得たものは幕末の志士の想い“日本を守る”という成就である。

そして、そこから得たものは“誤解”であった。

戦争のおいて、敵の3倍の兵力を持って立ち向かうのが常道であり、

少数をもって多数に勝つのは鬼道である。
おそらく、日本人の中にありえない幻想をもったのは事実であろう。
生まれたばかりの自信に横柄になったのであろう。
外の敵より内の敵に目を奪われていったのであろう。
この誤解が深く太平洋戦争まで持ち越されることになる。

円高と経済政策

ドル安、ユーロ安が進んでいる。中国などの新興国の安い商品に対抗して通貨安を容認していうからだ。結果として、日本の円が一人だけ高い値を付けている。これを容認するかしないかは国策であって、それに文句を付けるつもりはない。ただ、現在の政府は無干渉、よく言えば自由貿易主義を貫いている。この無干渉は確実に間違っている。日本の産業空洞化を促進して、国益を害するものでしかない。そのことを理解していないことが、現政権の無能を語っている。

○円高の場合
通貨高なら内需の拡大政策を充実させ、日本のガラパゴス化を極端にまで進める政策が必要である。
例としてあげるなら、“30年未来の世界の現実化”とかがいいだろう。
日本全体をハイテク化して、世界水準と限りなくハイレベルな社会の構築、その為の資金提供と情報の保護化、情報や技術の流出についてはかなり厳しい法律を化し、厳格に順守する必要がある。
つまり、円高なら内需を拡大させる事が重要であるといいたい。
上記のように極端なことでなくても、
・ヒートアイランド対策で屋上のエコ化を義務化し、その資金を政府保証で貸し出す。
・埋設物の共有化を図り、共同溝事業の予算を増額する。共同溝化すれば、埋設事業の簡素化が実現し、将来の事業費の縮減になるが、少なくとも事業は20~50年は継続されるので当面の景気対策になる。
・自立国債の発行を行う。(元東大総長の小宮山 宏が提唱する案である。)太陽光発電の電気代で換金する個人向け国債の発行である。さらに私はこれを拡大して、地下熱空調やエコカー等にも拡張すると面白い。
・環境立国の宣言。環境増加減税の導入によって(一定以上の環境配慮度に対して減税。一定以上の環境負荷のあるものに増税。)特殊技術の促進を促す。同時に、環境育進補助を推進して新技術に奨励金を贈る。つまり、新技術開発の為の無償貸し付けを行い。その技術がスバらしいものなら多額の奨励金が返ってくる。その原資は環境税だが最初の貸付保障に国が関与することで景気振興を促す。
・介護ロボットの実用化促進。(将来足りない労働力をすべてロボットに補ってもらう政策。)
内需が高まれば、円が高いことが大きくいい方向に作用する。
つまり、円高メリットが大きくを最大に利用して、多くの資材や資源を輸入することができるのだ。強い円、強い日本という2本立ての政策である。そして、技術力を売り物にして生き残るというのが戦略である。

○円安の場合
これは従来の政府の政策の延長であり、輸出企業によって国益を確保するものである。つまり、世界標準とも言える相対的な円の価値が高すぎないことが非常に重要である。84円はとんでもない世界であり、100円でも高すぎる。105~110円程度がバランス地帯である。120円が維持できれば、貿易黒字の確保は難しくないだろうと思われる。しかし、アメリカやユーロ諸国も通貨安を推し進めているのでそこまで回復させるのは困難だろう。
では、どうすれば円安に持っていくるのだろうか?
その為には、日銀と政府の協調介入が非常に重要である。
日銀の取れる策は、
・為替介入
・金融緩和
・国債買入 
の3点である。
為替介入は政府の強い意志を表すこのだが現在の世界情勢を考えれば、反発は免れない。あまり、お勧めでない。
金融緩和はすでにコンマの世界であって実質的な意思表明にもならない。
国債買付は単独で行っても余ったお金がその他の国債を購入に回されるだけであり、これも効果はない。つまり、日銀単独での効果は皆無である。
政府も同様であり、
・国債発行
・紙幣発行
の2点でしかないがどちらも単独では効果はありえない。
つまり、国内需要を喚起する政策を打ち上げて、その資金に国債または紙幣発行を当てる。雇用対策であり、景気対策になる。そして、国債等の発行よって通貨の価値が下がり、円高の抑止を掛けることができる。
現政権は国債の発行を堅くない拒絶している。(紙幣の発行にはもっと強い抵抗があるだろう。)

少し難しいが操作ではあるが、、
長期の固定金利国債を発行して日銀に買い取らせる。3%のインフレ率で10年後の実質価値は半減するので借金も半減する。ついでに800兆円の国債もすべて長期固定国債に書き換えれば、10年後には借金が半分になる訳である。
実質的な借金を減らす気がないなら、800兆円、10年で割ると年間80兆円(10年間)の追加国債予算が査定できる。国債の大量発行は通貨安の効果になる。
さらに、この80兆円を原資に景気対策を打ち出せば、効果はかなりあると思われるのだが果たして政府にそんな勇気があるかどうか疑わしい。
景気雇用対策になり、円高に抑止が掛るので一石二鳥であるのだが・・・・???

さて、民主党の経済政策の目玉は何といっても事業仕分けである。
これはデフレを増長させる原因でなっている。しかもデフレはインフレのように通貨価値の減少がない。価値が安定した通貨が国際的に買われて円高になっている。
さて、さて、民主党は何をやりたいのだろうか?

家計に置き換えて考えてみよう。

☆これは蓮ちゃんのお話です☆
節約好きの蓮ちゃんは家計のやりくり上手でいらないものは買わないように心掛け、家計を少なく抑えた。
蓮ちゃんは得意になって『こんなに節約できました』とテレビで言うと、テレビを見ていた主婦もマネをして節約するようになりました。
節約好きの日本の主婦は偉いね!!!

本当に・・・???

蓮ちゃん旦那さんはスーパーに勤めていました。しかし、お利口になった主婦が無駄なものを買わなくなったので売り上げ激減。時給も減らされて収入は大幅ダウン!!!
家計費で削減して浮いたお金と旦那さんの収入が減った額を合せると、

なんと!!! 赤字です。節約分より減った給料の方が多いなんて!!!

質素に暮らしているのに、前より生活が苦しくなっているなんて・・・どうして???

どうして???

・これは現実に起こっている日本経済の話です。
日本が投資を減らせば減らすほど、日本経済は失速しています。
財政健全化と緊縮財政を続ければ続けるほど、税収は落ちて足りない分を国債という借金を増やしているのです。

理由は簡単です。投資すべきところを間違っているからです。
事業仕分けという作業は悪い作業ではありません。しかし、仕分けるだけで新たな投資を怠れば、むしろ土地は枯れて使い物にならなくなってしまいます。まさにそれが今の民主党なのです。
自民党では、贅肉を落とすことができないので将来に不安があります。
民主党では、無理なダイエットで生命の危険をさらしています。

病気で例えるなら、
今にも死にそうな患者の前で、薬も与えずに普段の食生活について説教を説いているようなものです。

事業仕分けと国家戦略室は2つで1つの機関であり、どちらかが機能しないのならやらない方がマシなのです。
たとえば、最近の話題では“はやぶさ”で有名な独立行政法人宇宙航空研究開発機構は行政刷新会議の第2弾事業仕分けの対象となっている。第1弾よりは穏やかになっているが、基本は削減の方向にあります。とても更なるチャレンジをやるぞという雰囲気ではありません。
この事業仕分けもは以前の仕分けの手法と同じで、以前として法的な根拠はない。しかし、参考意見でもないという曖昧さに思わずため息ができしまいます。
その対極である国家戦略室は未だに機能していない。民主党はこの国をどうしたいと思っているのでしょうか?

経済政策なしに円高対策はありません。それもと円高容認なのでしょうか?
いずれにしても経済は生き物のようなものです。常にこれといった回答がある訳でなく、それでいて無関心ではいけない。
私達は経済戦争という戦争を行っている最中なのです。
危機感を持って、立ち会ってもらいたいと切に願っています。

近代日本と世界情勢とがんばった日本人

石原莞爾をご存じだろうか?
満州事変を起こした張本人である。その後の日中戦争や太平洋戦争への道を作った責任者の一人である。軍部の暴走は正に彼の一撃から始まったのかもしれない。
しかし、彼は極東裁判において無罪となっている。
それは彼が起こしたことが原因であっても責任を取らすことができないと判断されたからである。
もし、彼に責任があるなら無差別殺人をしたトルーマン、さらにすべてのきっかけであるペルリ(ペリー)来航へ遡らなければならなくなるからだ。

嘉永6年(1853)、翌7年(1854) 嘉永6年6月3日、ペルリ(ペリー)は四隻の軍艦に載って浦賀に来航した。
フィルモア大統領の日本皇帝宛て国書  
 「与が志、二国の民をして交易を行わしめんと欲す。是を以て日本の利益となし、また兼て合衆国の利益となさんことを欲してなり。与さらにペルリ提督に命じて、一件の事を殿下に告明せしむ。合衆国の船毎年角里伏尓尼亜より支那に航するもの甚だ多し。又鯨猟の為、合衆国人日本海岸に近づくもの少なからず。而して若し颱風あるときは、貴国の近海にて往々破船に逢うことあり。もし是等の難に遇ふに方っては、貴国に於いて其難民を撫恤(ぶじゅつ)し、其財物を保護し、以て本国より一舶を送り、救い取るを待たんこと、是与が切に請ふ所なり。日本国に石炭甚だ多く、又食料多きことは、与が會て知れる所なり。我国用ふる所の蒸気船は、其大洋を航するに当て、石炭を費やすこと甚だ多し、而して其石炭を亜墨利加より搬運せんとすれば、其不便知るべし。是を以て与願はくは、我国の蒸気船及び其他の諸舶、石炭食料及び水を得んが為に、日本に入ることを許されんことを請ふ。」
翌年、ペルリ(ペリー)は再び来航し、高圧的に日米の通商条約を締結した。
これを始めに、日本が諸外国と通商条約を次々と結んでゆくことになる。

「太平の 眠りをさます 上喜撰(じょうきせん) たった四隻(はい)で 夜も眠れず」

江戸の混乱を風刺した狂歌は徳川260年の終焉と近代日本の始まりを告げていた。

近代日本ははじまった。混乱と混沌と試行錯誤と流血を経て明治政府が設立し、1894年(明治27年)7月から1895年(明治28年)3月に起こった日清戦争まで日本人はひたすらに走り続けた。
当時の19世紀は植民地の時代であり、支配する側と支配される側の二極化が進んでいた。
そう日本は最後の後進国として、日清戦争によって支配する側へ名乗り出た最初の一歩である。しかし、同時に同じ後進国であるロシアと対立を露わにすることになる。

ペリー来航より日清戦争まで41年、通商条約から40年はなりふり構わない近代化を成し遂げた。植民地化されない為に我々の先祖も必死だったと想像される。
今思えば、ペリー来航は眠れる獅子を起こすには十分な砲撃であった。

IF、もしもなどという言葉は歴史に存在しないが・・・・・・
もし、オランダ商会はアメリカの大使団に『日本は節度ある国だから交渉は難しい。』と忠告を無視することなく暴挙に出なかったなら、日本の開国は後40年か、30年も後になっていただろう。すると中国の北部と朝鮮にロシアが植民地化を終えたロシアが次のターゲットである日本に向いていたと考えると恐ろしくなる。日本はロシアの植民地になることを避ける為に中国の香港のように日本を切り取って、イギリスやフランス、アメリカの援助を乞うことになっていただろう。それでも北海道や東北はロシア領になっていたかもしれない。
そう考えてみると、アメリカの暴挙は日本に近代化をする40年という猶予を与えてくれたとも取れる。

日清戦争は日本の国威を掛けた戦争であった。他の諸外国が観戦する中、弱者は淘汰される世界を生き残るのは勝利以外の選択肢のない戦争であった。そして、日本は勝利したのであった。
しかし、この勝利は南下政策を取るロシアと正面から対立軸を明らかにしたに過ぎない。
三国干渉でも判るように、ロシアは満州と朝鮮を自国の支配下にしようと野心を剥きだしにした。

日清戦争 1895年(明治28年)に日本が清に勝利して下関条約を締結した。これによって清に朝鮮が自主独立国であることを認めさせ、大韓帝国が成立したのである。ただし、フランスにおけるモナコのように外交権をすべて日本が持つという保護国という形であって、真の独立とは言えない。しかし、主権は大韓帝国の手にしたのも事実である。

日清戦争と三国干渉によって、日本とロシアの衝突は不可避となった。
日本としてはロシアと戦いたくない。
1903年8月からの日露交渉において、日本側は朝鮮半島を日本、満洲をロシアの支配下に置くという妥協案、いわゆる満韓交換論をロシア側へ提案した。
しかし、積極的な主戦論を主張していたロシア海軍や関東州総督のエヴゲーニイ・アレクセーエフらは、朝鮮半島でも増えつつあったロシアの利権を妨害される恐れのある妥協案に興味を示さなかった。さらにニコライ2世やアレクセイ・クロパトキン陸軍大臣も主戦論に同調した。
強大なロシアが日本との戦争を恐れる理由もない。だからと言って、大きな犠牲を払って得た朝鮮の利権を失う訳にもいかない。つまり、不可避な状態であった。

ゆえに日本人はロシアとの対決を考えて国力を結集した。技術者は新技術を開発し、優秀で有能な軍人が育ち、屈強で知略にすぐれた外交官を生み出した。そして、幸いなことが二つあった。1つは対ロシアの風除けとしたアメリカが潤沢な資金を日本に供給してくれた。もう1つは、北清事変(1899年から1901年)の紳士的な軍隊に感動を覚えたイギリスが東アジアの番犬として、日本を同盟国、日英同盟を締結したことだ。日本は潤沢な資金と豊富な情報とバルチック艦隊が喜望峰を迂回し、食糧や水の供給も困難な状況を作り出した。戦略的には圧勝したといえる。しかし、それでもなお巨大なロシア帝国を相手とするには十分と言えない。陸軍と海軍は持てる力のすべてを注ぎ込んで苦勝したのである。
日本が世界に大きく名乗りを上げた瞬間である。
日清戦争からわすが10年、ペリーより50年、日本は遂に世界に認めさせたのだ。

この努力を誰が非難できようか!
確かに朝鮮を実力支配したことは非難に値するかもしれない。しかし、その非難は支配国すべてに対してであって、日本単独の責任ではない。

否、日本人の優秀さを讃えているのかもしれない。
『優秀な日本人なら支配者にならないで、大国イギリスやフランスやアメリカやロシアと戦えた。』
その日本が朝鮮を支配したのは不当だ!!!

いや、いや、過大な評価はありがたいが残念ながら当時の日本人は自国を植民地にされない為に必死だった。
他国のことを気に欠けるほど余裕などなかった。
必死に戦って、戦って、多くの自国民の血を流して、そして、日露戦争で世界に示したのだ。支配されない国へと成し遂げたのだ。

維新の志士達から受け継いだ日本人の魂は遂に成し遂げた。
これを大いに称賛しよう。
我々の誇りとしよう。
列強の大国に挑んだ日本人がいた。真っ赤な血に染まりながらもあきらめない日本人がいた。がんばった日本人がいた。
これを誇りに思う。

しかし、日露戦争は後の運命を定めることになった。
ロシア、後のソビエトとの再戦、満州の権益における日米最終決戦。
勝ち続けなければならない運命を背負ったのだ。

靖国神社と昭和天皇と軍人達

8月15日、終戦記念日である。
この日、靖国神社に参拝するかが、マスコミでよく取り上げられる。実に不愉快な報道である。信仰は個人一人一人の心の在りようであって、その行動を制限するのは恥ずかしい行為である。
本当に、行く行かないは一人一人の心の在りようで決めればいいのだ。

靖国は戦没慰霊者の還ってくる所と一般的に言われている。
別れ際は“靖国で会おう!!!”と叫ぶ兵士達の胸に何があったのかは想像でしか知る由はない。少なくとも誰かを守る為に自らの命を投げ打った多くの英霊には頭が下がる思いである。
しかし、彼らは本当に靖国に還ってくるかは判らない。
もし、魂が透けて見えるものならば、邪な想いや権威欲に駆られて戦地に向かわれた者と一緒に酒を飲みかわすことができるだろうか?
否、そう言った方は恥ずかしくて靖国に参ることもできないので、やはり、みんな還って来ているかもしれない。
さて、さて、靖国のカムナの間を覗くことができないことが非常に残念である。

極東裁判などというものにあまり意味はないので、極東裁判が決めたA級戦犯にはあまり興味はない。A級、B級、C級、そんなものは勝った者の傲慢で開かれた裁判であって、そんなものに価値はない。検討の参考資料くらいにはなるが、真実を描くものは存在しない。勝った者が行う魔女狩りみたいなものだから怒っても無駄である。始めから論理性に欠いているものを指摘しても、時間の浪費である。
しかし、本当の戦争責任者は存在する。
それは一人ではなく、集団でもなく、況して策謀などでもない。しかし、確実に謝った判断によって国民の命を弄んだ者いる。東條 英機も間違いなくその一人である。しかし、彼自身に非があった訳でない。私の知る所では彼は有能な軍人で国を憂うる英雄であった。

彼の研究はまだ半ばなので確定した事実ではないが、私の思うところでは彼はカリスマ的な存在だったと思われる。彼の元に人が集い彼と共に階段を上っていったと考えられる。しかし、彼を慕って集う者達が酷く権威欲や妬みや嫉妬心を持っており、同じく国を思う者であっても敵対勢力を排除するという行動に出たことである。さらに、国体や国の存亡に関わる政策に疎く、その場その場の判断を優先する傾向があるように思われる。結果としと、日中戦争、太平洋戦争へと赴かせたと考えられる。
そこで1つの疑問が存在する。
天皇陛下が靖国に参拝しないことである。

現在、今上天皇が参拝されないのは、国際状況を考えてとも取れる。
しかし、昭和天皇が参拝を取りやめられたのは国際状況とは異なる。靖国に祀られたA級戦犯の中に昭和天皇の心を揺さぶった方が必ずいると私は推測する。
平和主義であった昭和天皇の性格を考えて、日中の紛争に心を痛めておられたと思われる。そして、その日中の紛争解決の為に軍を動かすことを決意された訳だ。その内容は短期決戦であり、現状の打破であった。しかし、その紛争は事変などと呼べるものではなく、戦争へと突入していったのだ。そして、太平洋戦争へと続く、開戦前に聞かされた話と報告される実情のギャップに心を痛まされたのではないだろうか。そして、戦争解決の道を模索されたと思われる。ここは旧皇室の侍従長などが口を開いて公表して貰いたいものである。いずれにしろ、本土を焦土化した実情を聞いて、昭和天皇は自分の判断ミスを後悔されたと思われる。そして、真実を述べない軍人達に怒りを覚えていたと思われる。
おそらく、昭和天皇の中で許せない人物がA級戦犯の中の誰かなのだろう。
そのような人物を参拝する気になれないのであろう。

もしかすると、慕う者や友人への思いはあるが、それを超えて軍属そのものを憎んでいたのかもしれない。そう、総帥である自らを自責の念で押しつぶされそうなっていたのかもしれない。しかし、それを判るすべも、知るすべもない。

報道では、その人物の名が旧侍従長のメモとして発表されることがあった。しかし、それが真実かどうかは未だに判らない。
いずれにしろ、軍属達は日中紛争を利用して、自分達の権限を拡大していった。昭和天王には事実と違う報告がなされ、そして、日本の政治家は国内の勢力争いに明け暮れて国体を疎かにした。
因果応報のツケは、彼らを選んだ国民に返ってきたのだ。
しかし、その国民はどういった行動をとっていれば、正しい答えに到達できたのだろうか?
靖国を参拝する多くの国民は、その答えを見つけようとしているのだろうか?
この国の政治家は靖国をいったい何だと思っているのだろうか?

それはとこかく、沢山の人々が純粋な気持で亡くなっています。

彼らの御霊を考えるとすっきりとさせたいものです。

少なくとも自虐的な結論になってもらいたくありません。

多く美しい御霊を載せた詩や手紙はいつでも心を打たれる想いです。

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くっくりさんの詩の紹介です。

http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid867.html

そう、そう、桜チャンネルでその詩が紹介されています。

http://www.youtube.com/watch?feature=youtube_gdata&hl=en&v=_wQQoEDyp0k&gl=US

総理談話 菅直人の無知蒙昧

無知蒙昧とはこのことであります。
彼らは過去の歴史を知ろうとせず、昭和30・40年代に蔓延った左派思想をそのまま現代に蘇らせた過去の亡霊であります。たしかに当時の世論で言えば、彼らの言動は正しいように聞こえますが、過去の歴史を学問的に検証すれば、言動の根拠となることがデマや偽りであったことが今では立証されております。

『日韓併合』は非常に恐喝的なものでありますが、国際的にも合法であり、また、朝鮮王朝自らが死刑執行のサインと同様の行為を選択した結果に由来します。中国清王朝に仕えていた朝鮮王朝とすれば、清に仕えない蛮族とも言える日本国に屈するのは耐え難い屈辱であったのでしょう。結果として、朝鮮王朝は滅亡し、朝鮮国も消滅したのであります。責任は朝鮮王朝にあり、日本は彼らの望む蛮族として、朝鮮を併合したのであります。我々の祖先は行為に対して負い目を感じることがあっても、責任に負い目を感じる必要などないのであります。
さらに、日韓基本条約調印によって解決済みであり、今更の謝罪は無用であります。返還やサハリンのことは論外であります。
菅直人総理大臣の行為は国辱であり、未来に遺恨を残す行為であります。
少なくとも謝罪は「過去の人々か、朝鮮人の方々」と言うべきであり、「現代の韓国国民と日本国民が手に手を取って、未来を構築することを切に願います。」と付けくわえるのが正しい大人の判断というものであります。

過去の事件に対する謝罪はいつ終わるのだろうか?

韓国を再び消滅させるまでか?
日本が消滅するまでか?

こんなことをしていては、2つの結論にしか達せないことになってしまいます。否、当局者は日本と韓国の関係を悪化させたいと思っているとしか思えない。

(参考)

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【日韓併合首相談話】アジア外交の障害に 戦後補償問題再燃も
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100810/plc1008101123006-n1.htm
2010.8.10 11:22
 日韓併合100年にあわせた菅直人首相の首相談話を閣議決定したことについて、政府は「未来志向の新しい関係の障害になるようなものを取り除く努力」(仙谷由人官房長官)の一環と位置付けている。日韓関係の強化を通じて、東アジア共同体の構築につなげる狙いを強調しているが、戦後補償問題の再燃で、首相談話がかえって「障害」となりかねない。

 首相談話では、これまで返還要求に応じてこなかった儀典書「朝鮮王室儀軌」などの文化財の韓国側への引き渡しを表明した。ただ、昭和40(1965)年の日韓基本条約と付属文書で双方の請求権は「完全かつ最終的に解決された」と明記されている。

 しかし、民主党は野党時代、元慰安婦に国が謝罪と金銭支給を行う「戦時性的強制被害者問題の解決促進法案」を提出し続けた。これを主導した仙谷氏は今月4日の記者会見で「日韓基本条約も1つのけじめだが、市民レベル、庶民レベル、民族レベルでいろいろなものが残る」と語り、補償問題はなお残っているとの認識を表明。今回の首相談話を受け、韓国側の賠償要求がエスカレートする可能性もある。

 今回の首相談話はアジア諸国を対象にした平成7年の「村山談話」と異なり、韓国を特定して、植民地支配に対する「痛切な反省と心からのおわび」を表明した。そのため中国や北朝鮮などから韓国と同様の対応を求められる事態も想定され、今後のアジア外交に禍根を残すことになりそうだ。(加納宏幸)

「多大な損害と苦痛」に「痛切な反省と心からのおわび」 日韓併合の首相談話を閣議決定
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100810/plc1008101048005-n2.htm

政府は10日午前の閣議で、29日に控えた日韓併合100年にあたっての菅直人首相談話を決定した。過去の朝鮮半島の植民地支配に関し、「多大な損害と苦痛に対し、改めて痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明する」と明記。朝鮮半島に由来する文化財を韓国に引き渡すと表明した。首相は談話発表で韓国との歴史問題に一定のけじめをつけ、北朝鮮の拉致問題や核問題での連携強化を図りたい考えだが、戦後補償問題を再燃させる懸念が強まっている。

 談話は日韓併合によって、韓国国民が「国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷つけられた」とした上で、「自らの過ちを省みることに率直でありたい」と謝罪を表明している。

 一方で、日韓関係の現状について「経済関係や人的交流の規模は国交正常化以来飛躍的に拡大し、その結びつきは極めて強固」と評価。「世界の平和と反映のために協力してリーダーシップを発揮するパートナーの関係」とし、韓国との未来志向の関係を築くことにも力点を置いた。

 談話は戦後50周年の「村山談話」(平成7年8月)、戦後60周年の「小泉談話」(17年8月)に続くもの。両談話ではおわびの対象を「アジア諸国の人々」としたが、今回は初めて韓国のみを対象とした。

 引き渡す文化財については、李氏朝鮮時代の祭礼や王室行事を絵画や文章で記した儀典書「朝鮮王室儀軌」など、旧朝鮮総督府から日本の宮内庁に移管されたものとしている。

 日韓間では1965年に締結した基本条約の関連協定で双方が財産・請求権を互いに放棄している。このため、政府は「返還」ではなく「お渡しする」として請求権問題の再燃を回避する考えだが、事実上の返還に相当する措置のため、議論を呼ぶのは必至だ。

 政府はさらに、サハリン残留韓国人への支援や朝鮮半島出身者の遺骨返還など人道的支援を継続することも表明した。

 政府は当初、韓国が植民地支配からの解放を祝う15日の「光復節」に談話を発表する方向だった。だが、「謝罪外交」の批判を最小限に抑えるためにも、発表を前倒ししたとみられる。

【日韓併合首相談話】韓国メディア「植民地支配を謝罪」と速報 
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/100810/kor1008101125005-n1.htm
 韓国の聯合ニュースは10日、日本政府が同日午前の閣議で、日韓併合100年に際しての菅直人首相談話を決定したことについて「過去の植民地支配を謝罪する談話」と速報した。

 また10日付の韓国各紙は談話について、韓国が要求していた朝鮮半島由来の文化財の返還に日本が応じると1面などで報じた。

 ただ、談話の内容は1995年8月の村山富市首相(当時)談話などをほぼ踏襲しており、従来の政府見解と大きな違いはないとも指摘している。

 10日付の韓国各紙は、朝鮮王朝時代の祭礼や主要行事を絵や文で記録した書物「朝鮮王室儀軌」が返還される見通しとして、同書物を写真入りで紹介。東亜日報は、文化財が韓国側に引き渡される時期は、李明博大統領が訪日するとみられる11月か12月の可能性が高いとした。(共同)

日韓併合首相談話は「村山談話」を踏襲
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/424349/
   29日の日韓併合100年に先立ち、菅直人首相が発表する予定の首相談話の骨格が4日、分かった。日本による植民地支配と侵略への謝罪を盛り込むことで、平成7年の「村山談話」を踏襲。北朝鮮による韓国哨戒艦撃沈事件に触れて韓国側への配慮を示す。外交面で問題のある村山談話をベースにした新たな謝罪談話の発表には民主党内に異論がある。

 「菅談話」は終戦65年となる15日か、その直前に発表する方向で調整している。戦後50年にあたる7年8月の自社さ政権時代の村山富市首相による「村山談話」に基づき、日本による植民地支配と侵略の歴史を認めた上で、「痛切な反省と心からのおわび」の意を表明する。

 自公政権時代を含め村山氏以後の歴代首相は、国会答弁などで村山談話を引き継ぐ考えを示してきた。菅首相は、村山談話を踏み越えない内容であれば、批判を回避できると判断した。

 同時に、哨戒艦事件に言及することで北朝鮮に対する強硬姿勢を強調する。朝鮮半島の平和と安定に貢献する未来志向の姿勢を強調する狙いがある。

 日韓併合100年に合わせた談話の検討は、7月に仙谷由人官房長官が記者会見で表明した。官房長官談話も検討したが「日本のトップとしておわびはせざるを得ない」(政府筋)と首相談話の形に傾いた。

 併合100年を前に出すため、韓国側で日本による新たな賠償や謝罪への期待が高まる可能性がある。

 村山談話は、社会党トップだった村山氏の思想・信条を色濃く反映し、歴史問題に対し綿密な史実検証を行わずに発表された。その後、韓国や中国がそれに乗じて、日本の「侵略」を認めるよう求める場面が繰り返された。

 民主党の松原仁衆院議員が2日の衆院予算委員会で「さまざまな談話で日本外交に大きな問題が出た」と指摘するなど、新談話への党内の慎重論は根強い。

 仙谷官房長官は4日の記者会見で、日韓併合について「植民地支配の過酷さは言葉を奪い、文化を奪い、韓国の方々に言わせれば土地を奪うという実態もあった。直視して考えていかなければいけない」と述べたが、談話については「声明などを出す必要があるかないかを含めて、慎重に検討している」と述べるにとどめた。

 ■村山談話 戦後50年にあたる平成7年8月15日の終戦記念日に当時の村山富市首相が発表、閣議決定した談話。「わが国は遠くない過去の一時期、国策を誤り、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのおわびの気持ちを表明いたします」との内容。戦後60年の17年8月15日には小泉純一郎首相が村山談話を踏襲した「小泉談話」を発表した。

日韓併合百年、首相談話に与党から疑問の声も
http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20100810-00552/1.htm
2010年8月10日(火)14時18分配信 読売新聞

 政府が10日閣議決定した首相談話について、閣僚からは意義を強調する声が相次ぐ一方、与党からは疑問の声もあがった。

 北沢防衛相は閣議後の記者会見で、「未来志向の観点でよく練られた談話だ。日本を取り巻く安全保障環境からいっても、日韓の友好関係は極めて重要だ」と述べた。蓮舫行政刷新相は「決して後ろ向きではなく、これからの100年、未来に向けて日韓関係をさらに深め、東アジア共同体の礎にしていくという前向きな話だ」と語った。

 一方、民主党内では「党内調整が不十分だ」と不満も出ている。

 玄葉公務員改革相(民主党政調会長)は閣議後の記者会見で、10日の閣僚懇談会で菅首相に、「与党には様々な意見があり、準備の早い段階で(党側に)詳細な相談があってしかるべきではなかったか」と伝えたことを明らかにした。党執行部の一人は「おわびすればタカ派から批判を浴びるのは分かりきったこと。政権がこんなヘロヘロの時にやる話ではない」と首相の対応に疑問を示した。同党中堅議員も「朝鮮王朝の図書を引き渡すというのは、請求権問題は解決済みという従来の考え方に矛盾するのではないか」と語った

日韓併合100年 首相談話「痛切な反省」 きょう閣議決定 文化財引き渡しも
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/sankei-snk20100810014/1.htm
2010年8月10日(火)8時0分配信 産経新聞
 菅直人首相は9日、日韓併合100年にあわせた首相談話を10日に閣議決定し、記者会見で公表する方針を決めた。過去の植民地支配に関し、「多大な損害と苦痛に対し、痛切な反省と心からのおわび」を表明し、韓国側が求める朝鮮半島由来の文化財を「引き渡す」と明言する。政府・与党内では、閣議決定を経ない「首相の談話」にとどめるよう求める慎重論が強かったが、首相は仙谷由人官房長官の意向を受け、閣議決定を押し切る構え。

 仙谷氏は9日夕の政府・民主党首脳会議で「(終戦の日の)8月15日や(併合条約が発効した)8月29日より前のタイミングでやりたい」と述べ、10日の閣議決定と公表を表明した。

 首相談話は、平成7年の「村山談話」を踏襲し、日本による植民地支配と侵略の歴史を認め、謝罪する内容。引き渡しを表明する文化財は、李氏朝鮮時代の祭礼や王室行事を絵画や文章で記した儀典書「朝鮮王室儀軌(ぎき)」(80部163冊)だとされる。

 これらは大正時代に旧朝鮮総督府から宮内庁に移管された。昭和40(1965)年の日韓基本条約締結に伴う関連協定で一定数に限定して返還することで合意したが、その後に対日請求権は消滅した。

 政府は、併合100年にあたり、韓国で返還を求める声が高まったことを受け、引き渡しを決めた。新たな条約締結に向け、日韓両政府が交渉に入ることも確認する。

 また、サハリン残留韓国人への支援、朝鮮半島出身者の遺骨返還など人道支援の実施も表明する。

 談話公表は、仙谷氏が「植民地支配の過酷さは言葉を奪い、文化を奪った実態を直視しなければならない」と主導してきた。これに対し、玄葉光一郎公務員制度改革担当相(民主党政調会長)、野田佳彦財務相らが懸念を示していた。

 ■村山談話逸脱を警戒 自民・谷垣氏

 自民党の谷垣禎一総裁は9日、仙谷由人官房長官に電話をし、日韓基本条約に伴い、財産・請求権問題が解決され、平成10(1998)年の日韓共同宣言で両国関係を総括したことを指摘し、村山談話を逸脱しないよう求めた。仙谷氏は「申し入れを踏まえたい」と応じた。谷垣氏は菅直人首相にも電話で同じ趣旨を申し入れたが、首相は「官房長官から聞いている」とだけ述べた。

日韓併合首相談話 閣議決定 朝鮮統治「違法性」踏み込む
http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/sankei-snk20100811112/1.htm
2010年8月11日(水)8時0分配信 産経新聞
 菅直人首相は10日、首相官邸で記者会見し、29日に控えた日韓併合100年にあたり、首相談話を発表した。過去の朝鮮半島の「植民地支配」に関し、「多大の損害と苦痛に対し、改めて痛切な反省と心からのおわびの気持ち」を表明し、李氏朝鮮時代の儀典書「朝鮮王室儀軌(ぎき)」など朝鮮半島由来の図書を韓国に「お渡ししたい」と明言した。

                   ◇

 首相は今年を「日韓関係にとって大きな節目の年」と位置付け、「アジア地域でより安定した形が、日韓を軸に、さらには日韓米の3カ国で形成されることは極めて大きな意味があり、それを展望して談話を発表した」と説明した。

 これに先立ち、政府は10日午前、首相談話を閣議決定した。その後、首相は韓国の李明博大統領と電話会談し、「これまでの100年について反省すべきは反省し、これからの100年に向かって(日韓が)協力して歩んでいこうという気持ちを込めて談話を作成した」と説明した。李大統領は「真心を受け止めたい」と謝意を示した。

 首相談話では、日韓併合を「政治的・軍事的背景の下、意に反して行われた植民地支配」とし、「韓国の人々は国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷つけられた」とした。

 朝鮮王室儀軌は旧朝鮮総督府から宮内庁に移管された。昭和40(1965)年に締結した日韓基本条約関連協定で財産・請求権を相互放棄したため、談話では「返還」ではなく「渡す」とした。

 実際の引き渡しには新たな条約を締結し国会承認する必要がある。

 首相談話は戦後50周年の「村山談話」(平成7年8月)、戦後60周年の「小泉談話」(17年8月)などがある。

 両談話のおわびの対象は「アジア諸国の人々」だったが、今回は韓国のみを対象とした。

                   ◇

 ■談話骨子

一、韓国の人々はその意に反した植民地支配によって国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられた。

一、植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、改めて痛切な反省と心からのおわびを表明する。

一、これから100年を見据え、未来志向の日韓関係を構築する。在サハリン韓国人支援、朝鮮半島出身者の遺骨返還支援など人道的な協力を実施。日本政府が保管する朝鮮王室儀軌などの図書をお渡ししたい。

一、日韓両国は東アジア共同体構築を念頭に地域と世界の平和と繁栄のためにリーダーシップを発揮するパートナーだ。

【検証 日韓併合100年】(上)民主議員「どのような談話を希望か」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100811-00000052-san-pol
8月11日7時56分配信 産経新聞
■青瓦台に“ご用聞き”

 7月21日、複数の民主党有力議員が韓国・ソウルを訪れた。彼らは旧知の青瓦台(大統領府)幹部らとの会談でこう尋ねた。

 「どのような首相談話を希望されるのか」

 韓国サイドは「日本のやりやすいものを行動でみせていただければ、高く評価できる」と応じたという。

 仙谷由人官房長官が、日韓併合100年にあたり首相談話を検討していることを明らかにしたのは7月16日の記者会見だった。

 突然の表明に慌てた事務方は仙谷氏に「村山談話を超えるものは無理だ。補償問題に踏み込めば、中国やフィリピンなどアジアが沸騰する」と再三説明した。平成7年に終戦50年に際して村山富市首相(当時)が発表した首相談話はアジア全般を対象とした。新談話ではどう新味を付けるのか。

 通常ならば事務レベルが両国の相場観を探るが、政治主導にこだわる民主党政権でそれはなかった。

 結局、これが、先述の政治家が相手国中枢部に直接尋ねるという外交の常識外の珍事につながった。いきさつを聞いた政界筋は「民主党は外交も国対の感覚なんだな…」とあきれた。

 ◆当初は「やり過ごす」

 日韓併合100年をどう乗り切るかは昨年来、両国政府の懸案だった。政府レベルの行事は行わず、静かにやり過ごす-これが当初のコンセンサスだった。

 昨年9月の政権交代で韓国側が期待値を上げた時期もあったが、小沢一郎前幹事長の定住外国人への地方参政権付与に関する世論を無視した「空手形」や、鳩山由紀夫前首相の米軍普天間飛行場移設問題での迷走を横目に、韓国の民主党熱は急速に冷えていった。

 再び韓国の期待に火を付けたのは民主党の「歴史観」だった。「自虐史観」「贖罪(しょくざい)意識」といった方がよいかもしれない。

 2月に初訪韓した岡田克也外相は、柳明桓外交通商相との共同記者会見で日韓併合100年を「大きな節目の年である」と明言し、「民族の誇りを傷つけられた人々の気持ちは理解できる」と踏み込んだ。

 続いて今春には民主党幹部から韓国側にあるマル秘計画が伝えられた。関係者は「日本政府が今夏に慰安婦政策の転換を検討中という話だった」と証言する。

 政策転換とは、慰安婦らの個人補償問題を政府・与党で進めることを指す。昭和40(1965)年の日韓基本条約と関連協定で両国は個人補償請求権問題を「完全かつ最終的」に解決しているが、政策転換が実現すれば、日韓条約体制を覆すことになる。

 実際、民主党は平成20年までの9年間、元慰安婦に国が謝罪し、金銭支給する「戦時性的強制被害者問題の解決促進法案」を国会に提出してきた。

 法案の旗振り役である仙谷氏は7月7日、日本外国特派員協会で講演し、こう述べた。

 「法律的に正当性があるといってそれだけで物事が済むのか。改善に向けて政治的な方針を作り、判断をしなければいけない案件もあるのではないか」

 日韓戦後処理に「新たな個人補償」の政治方針も可能だと示唆したに等しい。これが政権ナンバー2の発言だっただけに衝撃は大きかった。

 4日後の7月11日に民主党は参院選で大敗した。もし民主党が参院選を制していれば、談話に日韓「65年体制」(基本条約体制)を根底から揺るがす内容が盛り込まれたかもしれない。

 ◆個人補償立ち消え

 7月16日、仙谷氏によって日本政府が新談話の検討に入ったことが公言されると、韓国サイドは外交ルートのみならずさまざまな要望を提示した。

 その最右翼は「日本が『強制的な日韓併合条約(1910年)はそもそも無効であった』と認めれば、最高だ。どうせ出すなら村山談話や河野談話を上回ったものにしてほしい」(外交官ルート)という日韓併合条約の不法・無効論だった。日本の事情に通じる知日派は「戦後補償には発展しない形でのおわびでいい。戦後補償までいくと日韓関係がぼろぼろになってしまう」(政治家ルート)との提言を伝えた。

 7月27日、韓国・ソウル市でシンポジウム「日韓の過去100年を回顧するとともに未来100年を設計する」が開かれた。

 主催は盧武鉉政権下で慰安婦、竹島(韓国名・独島)、教科書問題などの歴史認識に関し、反日強硬路線の歴史見解をまとめた「東北アジア歴史財団」。日本から日韓議連会長に就任した渡部恒三元衆院副議長ら与野党議員数人と研究者らが出席した。

 渡部氏は「非常に歓迎されました。韓国の皆さんはこれからの100年が東アジアにとって大事であると前向きな話だった」と打ち明けるが、新談話への要望がいくつも出たという。

 「朝鮮半島はこれから統一の時代に入る。日本にはいい役割を果たしてもらいたい。また中国の台頭を牽制(けんせい)するためにも日韓連携は重要だ。それにむけ日本は戦略的な決断をすべきだ」

 ある韓国国会議員はこう言って、竹島、慰安婦、教科書問題をまとめて解決するよう促したという。

 だが、参院選大敗により、仙谷氏が固執した個人補償にからむ政策転換はお蔵入りとなった。談話の方向性は7月末に「村山談話」の踏襲でほぼ固まり、韓国側の求める文化財引き渡しなどをこれに加える方針に集約されつつあった。

 それでも民主党内では首相談話への異論が日ごとに強まった。ある保守系議員は危機感をにじませる。

 「歴史問題を突出させれば政権そのものが吹っ飛ぶ。いまの官邸の政策決定システムは危うい」

                   ◇

 日韓は平成27(2015)年に国交正常化50周年を迎える。この慶事を前に日韓併合100年に併せた首相談話が必要だったのか。村山談話を絶対視する政権首脳は理念ばかりを先行させた。そこには歴史問題を外交から切り離し成熟した関係を築く-という戦略性は見えてこない。(久保田るり子)

日韓併合首相談話全文「韓国は誇り傷付けられた」…
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/diplomacy/426345/
 政府は10日午前、日韓併合100年に併せた首相談話を閣議決定し発表した。首相談話では、日本による韓国の植民地支配に対し「多大の損害と苦痛に対し、ここに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明いたします」と明記した。談話の全文は以下の通り。
 本年は、日韓関係にとって大きな節目の年です。ちょうど百年前の八月、日韓併合条約が締結され、以後三十六年に及ぶ植民地支配が始まりました。三・一独立運動などの激しい抵抗にも示されたとおり、政治的・軍事的背景の下、当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました。
 私は、歴史に対して誠実に向き合いたいと思います。歴史の事実を直視する勇気とそれを受け止める謙虚さを持ち、自らの過ちを省みることに率直でありたいと思います。痛みを与えた側は忘れやすく、与えられた側はそれを容易に忘れることは出来ないものです。この植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、ここに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明いたします。
 このような認識の下、これからの百年を見据え、未来志向の日韓関係を構築していきます。また、これまで行ってきたいわゆる在サハリン韓国人支援、朝鮮半島出身者の遺骨返還支援といった人道的な協力を今後とも誠実に実施していきます。さらに、日本が統治していた期間に朝鮮総督府を経由してもたらされ、日本政府が保管している朝鮮王朝儀軌等の朝鮮半島由来の貴重な図書について、韓国の人々の期待に応えて近くこれらをお渡ししたいと思います。
 日本と韓国は、二千年来の活発な文化の交流や人の往来を通じ、世界に誇る素晴らしい文化と伝統を深く共有しています。さらに、今日の両国の交流は極めて重層的かつ広範多岐にわたり、両国の国民が互いに抱く親近感と友情はかつてないほど強くなっております。また、両国の経済関係や人的交流の規模は国交正常化以来飛躍的に拡大し、互いに切磋琢磨しながら、その結び付きは極めて強固なものとなっています。
 日韓両国は、今この二十一世紀において、民主主義や自由、市場経済といった価値を共有する最も重要で緊密な隣国同士となっています。それは、二国間関係にとどまらず、将来の東アジア共同体の構築をも念頭に置いたこの地域の平和と安定、世界経済の成長と発展、そして、核軍縮や気候変動、貧困や平和構築といった地球規模の課題まで、幅広く地域と世界の平和と繁栄のために協力してリーダーシップを発揮するパートナーの関係です。
 私は、この大きな歴史の節目に、日韓両国の絆がより深く、より固いものとなることを強く希求するとともに、両国間の未来をひらくために不断の努力を惜しまない決意を表明いたします。
  日本と韓国は、二千年来の活発な文化の交流や人の往来を通じ、世界に誇る素晴らしい文化と伝統を深く共有しています。さらに、今日の両国の交流は極めて重層的かつ広範多岐にわたり、両国の国民が互いに抱く親近感と友情はかつてないほど強くなっております。また、両国の経済関係や人的交流の規模は国交正常化以来飛躍的に拡大し、互いに切磋琢磨しながら、その結び付きは極めて強固なものとなっています。
 日韓両国は、今この二十一世紀において、民主主義や自由、市場経済といった価値を共有する最も重要で緊密な隣国同士となっています。それは、二国間関係にとどまらず、将来の東アジア共同体の構築をも念頭に置いたこの地域の平和と安定、世界経済の成長と発展、そして、核軍縮や気候変動、貧困や平和構築といった地球規模の課題まで、幅広く地域と世界の平和と繁栄のために協力してリーダーシップを発揮するパートナーの関係です。
 私は、この大きな歴史の節目に、日韓両国の絆がより深く、より固いものとなることを強く希求するとともに、両国間の未来をひらくために不断の努力を惜しまない決意を表明いたします。

日本の財政破綻!?

日本の財政破綻という言葉が参議院選の前に飛び交っていた。ギリシャみたいにしない為に、“消費税の増税はやもうない。”という世論を背景に菅総理は消費税のアップを公約に打ち出した。IMFも15~20%のアップがないと日本の財政は破綻を来たすと警告する???
しかし、残念なことに国民はその判断に“NO”を付き付けた。

さて、この流れを見て頂ければ判るように、日本政府およびIMFの警告を無視した日本の信用は暴落するはずである。

現実は日本の信用力が増して、【円高】が起こっている。

おかしいと思わないか?

日本の紙幣の価値が落ちて、円安ではなく、円高である。

その通り、今、あなたが考えたことは正しい。
市場の関係者は少なくとも、日本が財政破綻しないと考えているのだ。
増税の必要性を感じていないということである。

日本政府、日銀、IMFの3者こそ、『大いなる判断ミス』を犯しているのだ。
日本の経済が回復しないのが完全な政策ミスであって、日本の経済力は以前として、高い水準を保っている。
永遠にこれが続くなどとは思わないが、現時点の経済力はギリシャとは異なることを認識しなければならない。
円高、円安とは経済のバロメーターであり、
その都度、もっとも最良な経済政策を打たなければならない。

しかし、残念ながら日本の官僚や日銀のスタッフは現実を受け入れず、“こうなるはずだ”という自己の論理展開から抜けることができず、我々が正しく、現実がおかしいと意地を張って、デフレ下でありながら、インフレ対策と財政再建にやっきになっている。これで日本経済が田に直ることがあれば、東洋の奇跡と称してあげよう。

“日本の財政破綻”という大嘘をいつまで国民は信じているのだろうか?
黒字倒産はありえるのだが・・・・・・

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