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2010年7月

老人が日本を食い尽くす(2)

自動車を運転していると、方向指示ランプを付けずに蛇行する若者。
「これだから最近の若者は」
と叫んでいたのは10年ほど前ではないだろうか?
道を譲っても礼をしない女性ドライバー、道が混んでいるところに駐車するオバサンドライバー。
これはもう無敵であった。
しかし、それらの不快よりもっと不快なことが最近多発している。

それは暴走老人である。

方向指示ランプを付けずに差行するのは当然、道を占有して歩行、列の追い越し、昼間からの酒である。
本来、社会の規範となる老人が、一世代前に若人のようなことをして徘徊している。
しかたないのかもしれない。
社会の規範に象徴である政治家の老人達も、どうみても社会の秩序や常識を守っているとは思えない。

老人は国の宝なのか、お荷物なのか???

日本の人口1億2748万人の内、65歳以上が2911万人である。
その2911万人の内、無職の世帯は世帯全体の64.0%である。
その世帯の平成10年の実収入をみると、1世帯当たり1か月平均260,830円となっており、
内訳をみると、公的年金などの社会保障給付(218,627円)が実収入の83.8%を占めている。
つまり、65歳以上の半数が何の職にも付かず、食っちゃ寝しているのである。

精神的にも肉体的にも、おおよそ良いということはないだろう。

さて、歴史を振り返って、年金で暮らしていけるようになったののはいつからだろうか?
日本の年金制度は1954年に厚生年金が、7年遅れて1961年には会社に勤めていない人でも年金がもらえる制度、つまり国民年金制度が発足しています。
しかし、その金利は大したものでなく、せっかく貯めた年金も物価の上昇で意味をなさなくなっていくことが判ったのは、制度ができてから10年目の最初の支給が始まってからでした。
制度ができて12年目、1966年に「物価スライド、賃金スライド」制に変更され、その後に幾度となく改正されました。
よく言われる加入者負担式になったのはこの頃です。支払った額では十分な年金になりません。
そこで実際に働いている加入者の年金を当てがってゆく。
しかし、これには大原則があります。
加入者は年々増加すること。物価はかならず上昇していること。人工減少、デフレは考慮されていません。
しかし、当時の年金は強制加入ではなかったので、全員支給ではありません。
1990年の60歳以上の方が2200万人、年金をもらった方はその半分の1100万人です。

1990年と言えば、今から20年前。
わずか、20年前には年金受給者は老人の半数だけあり、さらに年金無職もさらに半数です。
さて、その1990年の保険料がいくらかというと、8,000円です。
毎月8,000円払って、毎月260,830円を受け取っている訳です。
年利10%の金利を払ってもそんな額にはなりません。ですから、一部の学者が金利を払って全額返金すれば、年金問題はすべて解決するというのも頷けます。

さて、少し長期で物事を考えてみましょう。
日本の人口1億2748万人、65歳以上が2911万人です。これからの10年で1854万人が増加しますが、同じ10年で新たに生まれる子供は約1000万人です。
単純に考えても、854万人の労働者が減少する訳です。さらに、医療の発展で寿命が延びてゆけば、その年金と社会保障給付金は増額されてゆきます。
平成21年10月、国立社会保障・人口問題研究所から平成19年度の社会保障給付費の統計結果が発表では、91兆4305億円で過去最高を更新しました。国の税収が2009年度で38・7兆円ですからその額如何に大きな額であるかはお判り頂けます。
単純に考えれば、国の財政が社会保障費によって破綻することは明らかです。

今年度の参議院選において菅直人総理大臣が消費税の増税分を社会保障費にあてるような明言をされましたが、増え続ける社会保障費の額を考えると消費税5%増額で賄えるものではありません。また、今後5年の保障になったとしても経済の衰退を考えると、とても正しい経済政策とは思われません。感のいい方ならそろそろ差しいているかもしれませんが、社会保障のあり方を考え直すことが大切なのです。

老人が日本を食いつぶす(1)

信に忠ずる

日々の生活を語るにも、国家を語るにも、最終的には『信』の一言に尽きる。
相手を信じられる人間、相手に信じられる人間になることが肝要ということだ。

返り見ては“三省”する毎日である。“五材者”には程遠い。
日頃の行いは報われると考える私は、盟友が訪ねてこないということは私のまだまだであると三省す。

吉田松陰は「今人大眼目なし」という。
私の枝葉にこだわって、本質を見失っているのかもしれない。

ーーーーーーーーー○ーーーーーーーーー
(参考)

太公曰、所謂五材者、勇智仁信忠也。勇則不可犯。智則不可亂。仁則愛人。信則不欺。忠則無二心。
太公(たいこう)曰く、「いわゆる五材(ござい)とは、勇(ゆう)・智(ち)・仁(じん)・信(しん)・忠(ちゅう)なり。勇なればすなわち犯すべからず。智(ち)なればすなわち乱すべからず。仁なればすなわち人を愛す。信なればすなわち欺(あざむ)かず。忠なればすなわち二心(にしん)なし。

【吉田松陰】
今人大眼目なし、好んで瑣事末節を論ず。
此の幣読書人尤も甚だし。其の自ら行う所を見れば、辺幅を修飾し、言語を珍重し、小廉曲謹、郷里善人の名を貪り、権勢の門に伺候し、阿諛曲従至らざる所なし。
行々の色著はれず、侃々の声聞こえず、忠ならず考ならず、尤も朋友に信ならず、而して自ら居りて愧ずることを知らず。
是を之れ務を知らずと謂う。

今の人は大きな見方ができず、つまらない枝葉のことばかり論じている。
此の欠点は読書をしている人に大変顕著である。
そのような人の行動を見れば、上辺を飾ったり、言葉使い重々しくしている。
また、さっぱりとして欲がなく、細かい事も注意深く謹み、ふるさとで立派な人と呼ばれたいと望み、権力のある家に媚び諂い自分を曲げてでも追従している。
剛健な態度、剛直な見識はなく、忠孝を実践する様子もない。
友人に信義がなく、自分の行いを恥じることも知らない。このような人を人としての為すべきことを知らない人という。

民主大敗、44議席

自民党51、民主党44、みんなの党10、公明党9、共産党3、社民党2、たちあがれ日本1、新党改革

民主が参議院の過半数を切った。
国民は民主党の政治を否定した結果となった。すでに菅総理が続投を表明しているが、方針転換はあるのだろうか?

今回の選挙は、民主党の政治姿勢と鳩山・小沢氏の政治腐敗を問う選挙になるはずであった。しかし、選挙直前の鳩山から菅氏への交代劇。しかし、鳩山氏も小沢氏も政治家を続けている。菅政権では政治腐敗を温存する内閣と判断される。ここが政治の争点とはならなかった。

消費税の引き上げ、マニフェストにも乗っていないことを突然言い出した菅直人という人物は、一流の詐欺師である。詐欺師は顧客が疑問に思うことから巧妙に話を逸らして気を削いでゆく。そういう意味で鳩山・小沢問題は争点とならなかった。もう国民の真意を聞くことはできないだろう。詐欺師菅直人のターゲットはみんなの党と公明党に絞られた。民主党が40を切っていれば、2つ以上の党と交渉しなければならないので、外国人参政権などの法案の通過は難しくなる。しかし、どちらか1つとなれば、交渉しだいでは成立しかねない。
渡辺代表の腹黒度が試される訳である。
公明党の国民への信頼度が試される訳である。

いずれにしろ、一定の歯止めが掛ったことを喜ぼう。

W杯、凱旋記者会見 マスコミの質問は最低!!!

サッカー日本代表が関西国際空港に到着しました。
まずは、『御苦労さま、おかえりなさい。』といいたいです。

私は4戦を通じて聞きたいことが色々あります。それを実現するのが共同記者会見の席です。
記者は多くの疑問を投げつけて許される公開の場所です。
最初の感想は良いとして、その後は本音の意見をずばり聞いてほしかった。

しかし、国会の記者クラブみたいなどうでもいい質問ばかり、実際、放送されないだけで他にもあったかもしれませんが、少なくとも放送時間では当たり障りのない質問だけでした。
あー、、、情けない。そこに入れるのは記者のみ、君たちは特権をもってそこにいるのに、本当にサッカーファンなのか、サッカーを知っているのか???

聞きたいことは山ほどありますが、
私のランキングNo.1は、オランダ戦「オランダ戦は勝にしろ、負けるにしろ、ベスト4を目指すのであれば、長期戦を考えて、カメルーン戦で疲れた本田、大久保、松井選手他を含む重要な選手を休ませるという選択がありましたが、岡田監督の脳裏にはその選択はありましたか? もし、あったならどうしてその選択を却下したのでしょうか? また、なかったと言うのであれば、選手の体力について考慮していなかたのでしょうか?」
私的には、オランダ戦を中村(俊)、稲本達で乗り切るという選択もあり、これをチョイスしなかった岡田監督の決断をどうしても聞きたいところです。
前大会の三浦、ラモス時代と違い、レギュラーと控えの戦力差はほとんどありません。長期戦を考えるなら考えられる選択です。
一方、本田、長谷川達の将来的な成長を考えるなら一戦でも多くの試合を経験させたいという選択もあります。
岡田監督はどう思ってその選択をしたのか、それが1番の興味深いところです。
しかし、残念ながらその質問な聞かれなかった。
残念です。

記者が長友選手に各代表のエースと対峙した感想を聞いた。この質問は悪くないが、押しが足りない。
どうせなら、「長友選手、エトー選手と臨む前に距離感が大事だとコメントされてましたが、その他の各代表のエースストライカーと対峙されて、今は何が一番大事だと思われていますか? また、各選手ごとに気をつけたことや特徴があれば、掻い摘んでお聞かせ下さい。」というような感じで聞いてほしかった。
長友選手が言った距離感とは、近づき過ぎると振り切られ、離れていると加速されて付いていけないと言ったコメントのことです。

その他にも、本田選手に、大久保選手とポジションをチェンジして、相手を混乱させるという考えはなかったのか?
パラグアイ戦の中村(憲)が投入された時、長谷川選手達、ディフェンス陣の選択に、たまに韓国が時間際に見せるような、ディフェンスに中沢選手とその他の一人を残して、全員で攻撃を掛けるという選択を考えていなかったのか?
同じくパラグアイ戦で、岡田監督が最終ラインを上げるように指示しているように見えたが、実際の選手の受け取り方はどうだったのか?
カメルーン戦やオランダ戦、デンマーク戦まで、聞きたい質問は山ほどあります。

総論の質問など聞きたくない。
もっと選手の、監督の心情を聞くような質問が出てほしいのです。
聞いていて悲しくなる質問ばかりでした。

いっそのこと、サポーターの代表を何人か入れて、サポーター代表として質問させてくれないものか???

本当に、スポーツ担当の記者はもっと勉強してほしいと思う記者会見でした。

壺中天

バケツに水を張って、そこに写る月を見て楽しむ。

壺中日月長(こちゅう じつげつ ながし)には及ばないが、見上げる月ではなく、眼下の月を楽しむ。

自分、私の、私だけの月である。

気が付くと月は傾き、眼下の月も消えている。

こういった遊びを「壺中天」と呼ぶ。

「壺中天」とは、自分だけの別世界という意味で、人間、1つはこういった世界を持っていれば、大抵の苦楽は乗り切れるものだ。引き込りの部屋もその1つかもしれない。しかし、いい意味でいえば、野球が好きな少年が持つ世界も「壺中天」である。玉遊びなんかと思う人には何の価値もない世界でも、野球が好きな人にとってはたまらなく楽しい世界である。少年野球に始まり、中学の軟式、高校の硬式と野球に染まった人生を送った人にとって、それはかけがいのない宝物である。況して、同じ世界にあこがれて同じ時を過ごす仲間と出会えたなら申し分もない。数十年が数日に思えることだろう。
そういう訳で、何か1つでも自分だけの世界を持つことをお勧めする。

《壺(つぼ)の中の別世界》

W杯を楽しんだ人もその1つだ。やることを楽しむも、見ることを楽しむも、人それぞれ、「壺中天」を持つことはそれだけで人生を少しは楽しくしてくれるものである。

そうそう、最近は私の壺中天を他の人にも楽しんでもらいたいなどとも思っている。

因みに、

出典は 【後漢書】から漢の時代、売薬商の老人壺翁【壺公(ここう)という薬売り】は、実は仙人で、夜になるとひょうたん形の壺の中に跳び込む。 夜になると店先の壺の中に入って寝るのをみて 漢の国の人が頼み込んで一緒に壺の中に入れて貰ったところ、そこは立派な御殿で酒や肴がふんだんで2人して飲んで楽しんだ。内部はめも眩むほどの壮麗な仙宮世界が広がり、無数の楼閣がそびえたつ。ちっぽけな壺の中に宇宙をまるごと封じ込めた仙境が開けているのである。仙境は時空を超えた桃源郷であり、究極の理想郷でもある。」とある。

原文は、後漢書-列伝第72、方術伝下・費長房

『後漢書』巻八十二下「方術列傳」費長房 「費長房者、汝南人也。曾為市掾。市中有老翁賣藥、懸一壺於肆頭、及市罷、輒跳入壺中。市人莫之見、唯長房於樓上見之、異焉、因往再拜奉酒脯。翁知長房之意其神也、謂之曰、子明日可更來。長房旦日復詣翁、翁乃與倶入壺中。唯見玉堂嚴麗、旨酒甘〓(食肴)盈衍其中、共飲畢而出。」

時代は後漢、汝南の町に費長房という男がいた。彼が市の役人であった時、その勤める市場で、一人の薬売りの老人と邂逅する。その老人は壺公という名で、夕方市場の仕事を終えると、店頭に掛かったひとつの薬壺の中にすうっと跳び入ってしまうのを、ある日彼は目撃するのである。この不可思議な光景を目にした彼は、この老人によく尽くし誠意を認められた。そしてその老人に頼み、自分も一緒に壺の中に躍り入ることを許される。壺に入ると、そこは俗界から離れた荘厳な御殿で、楼閣や門、長廊下などがある、まさに仙境で美酒佳肴に満ち溢れていた。彼は暫し俗世を忘れ美酒佳肴をたらふく楽しんだ揚句に、また壺の外に戻ったという。いわゆる「壺中天」、「一壺天」の由来であり、「壺中の天」とは、また酒を飲んで俗世を忘れるという意味がある。

(費長房は、汝南人なり。かつて市掾を為す。市中に売薬の老翁あり、肆頭に一壺を懸け、市を罷るに及び、すなわち壺中に跳び入る。市人これを見る莫かれど、ただ長房楼上に於いて之を見る、異ならんや、因りて往きて再拝して酒脯を奉ず。翁、長房の意その神なるを知り、之に謂いて曰く、子、明日更に来るべし。長房、旦日復た翁を詣る、翁すなわちともに壺中に入る。唯だ見る、玉堂厳麗にして、旨酒甘肴、その中に盈衍するを、共飲おわりて出ず。)に始まり、仙術などの指導を受けたりして、現実の世界に帰ってくると、本人は10日ばかりと思っていたのに、十数年も経っていたという仙話が出典。李白の詩「下途歸石門舊居」(下途、石門の旧居に帰る)に「餘嘗學道窮冥筌、夢中往往遊仙山。何當脱〓(尸徒)謝時去、壺中別有日月天。」(余嘗て道を学んで冥筌を窮め、夢中に往往仙山に遊ぶ。いつかまさに脱〓(尸徒)の時を謝し去るべき、壺中別に日月天あり。)とあり、「壺中」とは壺の中の別天地、仙境のことであり、悟りの妙境という。日月長は、悟りの世界には時間がなく悠々としているとのこと。)

壺中日月長(こちゅう じつげつ ながし)

『虚堂録』に「壽崇節上堂。至人垂化。示有形儀。開滿月之奇姿。蘊山天之瑞相。會麼卓主丈。只知池上蟠桃熟。不覺壺中日月長。」

(寿崇節上堂。至人、化を垂れ、形儀ありと示す。満月の奇姿を開き、山天の瑞相を蘊む。会すや卓主丈。ただ池上に蟠桃の熟すを知り、壺中日月長きを覚えず。)

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