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閑話休題 今年に思うこと。

12月ということで、1年の感想。

『新』、意味不明。

『迷』か、『謎』の間違いではないだろうか?
オバマはクリントンへの回帰し、鳩山劇場は小泉劇場への回帰希望である。

少なくとも『新』の冠を当てるにはほど遠い。

最近、思うのだが切れ味が売り物だったブログが迷走をしているように思える。
特に民主党を応援していた人が顕著だ。期待していたが裏切られ、それでもまだ信じたいという気持ちが溢れているように思える。
公務員と公団等の給与に手を付ければ、財源は簡単に埋まるのだがそれが出来ないのが民主党である。
雇用問題が最優先事項である。しかし、財源確保に予算の削減と増税が議論されては逆効果である。
期待している人がこんなに多いのだから、少しはがんばってもらいたい。(無理なのは判っているが、そう願わずにはいられない。)

しかし、1つくらいは核心を貫く政策がほしい。

それで気持ちが随分と変わってくるのだが、不安なニュースばかりが目についてしまう。
小泉劇場に懲りない国民は、鳩山劇場に何を期待しているのだろうか?
ふと、そんな風に振り返ってしまう。

私も民主党の議員は勉強家が多く、期待したい議員も多い。
しかし、扇の要となる人物がいないので政権運営は無理というのが私の考えてあった。(今の所、その正しさが証明されている。いい意味で予想を裏切ってほしいものだ。)
一言でいうなら協調性がないのである。
このような一国一城の主達を束ねるには、将の将たる才能を持つ人物が必要である。残念ながら民主党内にはそれに該当する人物を見出していない。

一方、野党の自公もしがらみが多く、政治指導力という意味で要となる人物はいない。さらに小泉元総理によって有力な議員を追い出したことが致命的である。
大将が足りないところを補う補佐役がすべて外様になってしまったのが致命的であった。裸の大将は何もできないで終ってしまった。(実に残念!)

『野に咲く花のように』とはならないらしい。

今年の選挙で自公を応援したのは、経済のことを常に言っていた政治家は麻生ラインの政治家のみであり、他の与野党を含めた政治家は緊縮財政論を唱えていた為にある。
現野党の党首谷垣などが総理であれば、自公を応援したかも怪しいと思っている。麻生だからこそ応援していたのである。
しかし、総務大臣の鳩山を切った時点で敗北は決定した。自滅と言ってもいい。安倍元総理もそうだが側用人にいないのか?(いないのです。残念!!!)

僅差で民党勝利したが、圧勝とはなかった為に政権再編が起こり、
平沼・亀井・小沢が3役に座り、中川・岡田・前原・福島(公)などを大臣に据え、長妻などは厚生労働の副大臣に据えて年金のみを行わせる。 石破・舛添 は微妙なのです個人的には・・・。
まぁ、そんな夢を見ていた訳です。
(平沼・亀井・小沢じゃ酷すぎるって、大丈夫。3人ともアクたっぷりだが落とし所は心得ている100戦練磨。三人が切磋琢磨すれば、間違っても悪い方には進まない。)
少なくとも日本の経済を立て直してからの話。ともかく健康にならないとダイエットは危険である。それを現政権の幹部は理解していない。

今や緊縮財政論が幅を利かせて日本の財政は真っ暗である。(病魔におかされた体でダイエットに挑戦する勇者である。)
ここの大臣に能力があっても、それを裏づけする財源がない。
『ない袖はふれない状態である。』
それでも、総理と財務大臣がマクロ経済を理解して外交に信念を持って行えれば、能力を持つ大臣はこの日本を立て直すことができるかもしれない。
しかし、今はそれを期待するのは酷である。

『 猿を柙中に置けば、則ち豚と同じ。
   故に勢ひの便ならざるは、
    能を逞しうする所以に非ざるなり。』

この言葉が今の民主党大臣達にもっともふさわしい言葉だと思う。

家に喩えるなら、
汚れきった自民党の部屋を片付ける民主党
しかし、土台の修繕を行うことを忘れているので家が崩壊の危機にある状態である。

基礎工事を行わないので間取り古いままである。

もし、土台の工事を行えば、間取りも新しくなり、当初の構想や新しい試みを行えるのだが、残念なことに民主党には建築士がいないのでまだそのことに気がついていないのだ。

故に、大臣を非難するのは的外れというものだろう。

と言ったところだろう。

しかし、官僚は情報歪曲する天才である。あの中にいると異なる世界が見えているのだろう。況して、今まで信じていた世界の常識を疑うのは勇気のいることだ。

そんな君子が現れるかが、民主党の未来を決めるのではないだろうか?

ところで、

「君子豹変す。」とか、「付和雷同」という言葉は元来良い意味である。

“正しいことを指摘されれば、直ちに過ちを正す。”という意味であって、悪い意味ではない。

「孔子曰く、過ちて改めざる。これを過ちという。」

という言葉の真逆である。

しかし、最近は悪い意味で使われているような気がする。

ともかく、過ちに気づいて直ちに過ちを正す、君子の登場を心待ちにしたい。

最後に
我、貧を窮するのは我の責任であり、国家に責務はない。

民、貧に窮するのは国家の責務である。
民の未来を語らないのは不遜であり、
勉学を疎かにするのは亡国を意味する。
祖先を疎かにするのは忠を外れ、
民のあるべき姿を語らないのは存亡を瀕す。

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