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18才の『アルプスの少女』なんて見たくない。

今回は個人的な話(個人的に反対です。)

前回、『児童買春・児童ポルノ禁止法改正案』に反対しました。
児童ポルノ自身は規制には賛成の立場ですが、すべてをポルノに認定するとか、2次も小説も対象にするかもしれないと言われると切実な問題です。

今の自民民主党 葉梨 康弘氏の話を総合すると、18才未満と思われる人物が裸、もしくは、それに準じる姿をポルノとするらしい。さらに芸術性や美術的価値、作品性など対象を判断材料にしない(裸に近いものはすべてポルノだ。)と言っている人物がいることが問題なのです。

私は本や小説が好きで、自分でも書いたりします。
私の作品の中に『銀の紋章』という作品があり、第1話のコンセプトと“はじめのおつかい”です。11歳の少女が1つ山を越えたお婆さんの家に駅馬車で1日掛けて薬を届けるから感動するのであって、18才の女性が「はじめのおつかいです。」と言って感動するでしょうか?
第2話は8歳の少年ですごく大人びいたことを言う生意気なところがみそです。

同じことは名作にも言えます。
私の好きな『アルプスの少女』や、『赤毛のアン』、『家なき子』など描写はどうなのでしょうか?
『アルプスの少女』の第1話でハイジが靴を脱ぎ、服を脱いでシャツ1枚で山小屋の上がってきます。この描写はハイジの素朴さを表しており、無垢なものというイメージを大切にしています。ここにエロスを感じる人は異常でしょう。しかし、言葉だけで表現するなら“ハイジは下着一枚の姿でおじいさんの前に現れた。”と書くことになります。4歳か、5歳の少女を下着一枚の姿にするのはポルノだ。などと言われると非常に困ってしまいます。
また、『アルプスの少女』は名作だからOK。私の『銀の紋章』は無名だからNO。
そういう判断を将来されかねない議論をされると本当に迷惑です。

むしろ、18才の女優がハイジ役として、下着一枚で山を駆け上がってくる方が違和感を憶えます。
それこそ18禁ものです。少なくとも私は見たくないです。

もう1つの問題が、宝物です。
昔のアイドルの写真集などに価値があるとは思いませんが、青春の1ページ。棄てるに棄てられないものというのは多くあります。
おそらく、他人にとっては無価値なのです。
「それもポルノだ。」と認定されると廃棄しなくればならないのですが、棄てることができるならトウの昔に棄てています。部屋が狭くなるだけで何の価値もない。有益性を認めないものとは承知していても、棄てられないものは棄てられないのです。
それはすでに自分の一部だからだと思っています。
火事や地震などの天災でもなければ、それを消失させることは、自分の人生を否定するのと同義なのです。

『児童買春・児童ポルノ禁止法改正案』は被害にあった少女・少年を救済する法案に改正して、再提出して頂きたい。

私の想像ですが、葉梨 康弘氏は小説などをほとんど読まない感受性の乏しい人なのではないのでしょうか?

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