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2009年7月

どうでもいいことではないが、あまり乗り気になれない。

8月31日に向かって選挙戦が始まった。

麻生総理も無難な船出である。あまりにも穏やかな船出でこちらとしては何も言えない。それまでの嵐の予感はなんだったのであろうか?

ウイグルの情報や北朝鮮の情報を集めているのだが、あまり目新しいものが見つからないのでコメントのしようができない。

民主党のマニフェストはこれから検討する予定。

自民党はいつになるのか?

飯島氏が「被災地にゆくべきだ。」とテレビで言われて、麻生総理も現地にゆくらしい。私としては当日には麻生総理が現地の対策本部の真ん中にいるシーンがほしい。

「被災者に明日でもいいなんて、そんな言葉はない。」とか、かっこよく言えば、人気も上がるのだがどうして日本の総理は構えてしまうのだろうか???

実はこの1週間は日食のことを言っていた。カラ元気でも『今世紀最大のイベント』と盛り上げようとしたのだが、あまり盛り上がらなかった。

なんと言っても、曇りで見れない。困ったものである。

最悪のシナリオだ。

どうでもいいことだが、先物のガソリンで久しぶりに3000円の儲けをあげた。

中々、買いに入れない日々が続いたのだが、銀行の盛り返しから入ってみた。

4万2000円で買ったガソリンなのだが、4万5000円で売ったことになる。

まだ、売る気はなかったのだが、日食の翌日が晴れていたのがいけなかった。かなりイライラしてらしく、固まった相場に嫌気が差して決済してしまったのだ。

短気はいけません。

トムラウシ山遭難ではないが、気軽に山登りすれば、大怪我のもと。しかし、山頂まで上がらずに下りてしまったのも情けない。

次は、失業者の数が止まるかどうかである?

倒産件数は上がっても下がっていい。

景気が回復してくれば、元気な企業が不況の企業を飲み込んでゆく。倒産件数が上がっても失業者の数が上がらないのならば、景気回復の兆しと考えてもいいだろう。

一方、失業者の数が増えて、倒産件数も増えるなら、今の株式は「銀行が作った摩天楼」と考えるのがいいだろう。いずれ、崩壊するので、崩れた後で考え直す必要がある。

住宅の価格が上がった。住宅の売り上げ件数が増えたと言っても、売れた場所を検討してからだ。中国にしろ、アメリカにしろ、数字をそのまま鵜呑みにはできない。

自分で買って、「上がった。上がった。」と騒いでいるだけかもしれない。

ともかく、次の注目は失業者の数の動向だ。

注意しておくが、完全失業者の数だけではダメだ。週36時間の労働者が増えているようでは先がしれている。

いずれにしろ、いくつかのデーターを拾いながら矛盾がないかをしっかりと見ないといけない。

ところで、

先週から今週にかけて、楽しいイベントが沢山あったのだが、どれもしまらない結果という感じである。

ゴルフでもう1つ。離党騒ぎで1つ。解散で1つ。日食で1つ。山口で1つ。原爆記念で1つ。臓器移植で1つ。ウイグルで1つ。北朝鮮で1つ。英国と欧州本土の経済状況比較で1つ。書こうと思い下書きはしたのだが書ききれない。

怒ることもできず、悲しむこともできない。煮え切らない日々がまだまだ続きそうだ。

すべて廃案と言うことで、気を取り直して、やり直すしかない。

暑さに負けずのがんばって行こう。

失念の17番バディー、石川遼、全英を終る。

バディーを取って失念ではないだろうと思う方もいるだろう。
しかし、ドライバーを棄てた石川はターンベリーに敗北したことを認めたことになる。
風の吹いたターンベリーに、力で負け、技で負け、心で負けた17番であった。

2日目の石川は、一日目とは違いわずかに気負っていた。ドライバー以外のフィニッシュが美しくない。明らかに振り切れていない様子が窺えた。1日目の成績に欲がでた石川は、果敢にグリーンを攻めた。
私が知る風ターンベリーは、グリーン中心、2パットが最良の攻めと聞いている。
無風のターンベリーの方が珍しい。
しかし、石川は頭を切り替えることができない。2打目をポールに寄せようと失敗を繰り返した。
フィニッシュが乱れれば、ボールは曲がる。風に煽られたボールは木の葉のごとく石川を苦しめた。
タイガーも苦しむくらいだ。
二人でいっしょに落ちていった。
16番までの蛮勇はすばらしかった。しかし、忍耐力は10番まであった。気持ちが切れるれば、坂を転がる石のように落ちる。ターンベリーはそんなところである。
そして、17番、数字を考え始めるとゴルフは難しくなるという。
石川にタイガーやウエストウッドのような技術はない。それゆえにドライバーを使って1ヤードでもグリーンに近づけてきた。
そのドライバーを棄てた。
イーグルを取る所を、バンカーに入れ、バディーで終えた。
18番でバディーが必要になる。石川の敗北はここで決まった。

自らのスタイルを変えることは悪いことではない。
試合中に変えるなら革命と言ってもいい決断である。しかし、結果がついてこなければ、それは単なる敗北である。
選択が間違っていたかは、私には判断できない。
私にできることは、心までターンベリーに敗北したということだけである。

しかし、この敗北が糧となってよりいっそう強くなった石川を見れることを願う。

-2 ターンベリーで石川遼に感動!

いやー!久しぶりにゴルフで感動した。
成績はまずまずの平凡なものだが、内容は濃いものであった。
テレビではウッズをうわ勝ったと褒め称えているが、こちらはウッズの調子が悪いだけだ。
ウッズ、ウエストウッドと共に回った石川遼だが、とにかく浮き沈みのはげしいゴルフを続けた。

前半はピンチを無難に抑える技術を見せた。
風がないことが幸いした。これは彼に運があることを物語っている。
当然、日本の試合ではウッズも、ウエストウッドも、石川にサービススマイルを送らない。
キャディーと二人の前半であった。

しびれたのは、10番ホール。ウッズ、ウエストウッドと共にきざむ中、石川はただ一人、ドライバーを掴んだ。若者らしい勇気のある決断だ。10・11番と責め続ける石川にウエストウッドが肩を叩いた。映画にワンシーンのようだ。
何をしゃべっているのか?
少なくともウエストウッドは石川を認めたようにも感じられる。
そこで石川がウエストウッドに話掛けるとウッズも加わってくる。
漫画、『風の大地』の沖田が10番のティーを待つシーンが想い描かれる場面です。
これだけ絵になるゴルファーは本当に久しぶりだ。

ターンベリーの美しい景色が魅了する一日であった。

ただ、新聞の見出しにウッズに勝ったとか書くのは頂けない。1つ、1つのプレーのすごさを伝えてほしいと切望する。
今日は、-2を守ってアイアンできざむか? -10を目差してドライバーを持つか?
石川遼の蛮勇と忍耐が試される展開になってきた。
楽しみである。
 

内閣不信任決議案、否決

野党5党が内閣不信任決議案を提出。14日、午後、否決。
自民・公明で賛成するものはいなかった。(ここまでは良し!)

自民党衆議院議員は一致団結して、麻生総理を信任した。
「これで選挙へ行くぞ!」と声を上げて、掛け声をあげるかと思いきや???
あ、れ、れ、れ???
なぜか、中川秀直元幹事長は14日午後の代議士会で、麻生太郎首相の退陣を求めた。
信任しながら、退陣を要求する。
やっていることが、支離滅裂である。

もし、退陣を望むのであれば信任を拒否し、麻生総理に解散か退陣の二者選択を迫るのが筋である。
このような常識も判らない人間が議員をやっているのがおかしいのである。

確かに、内閣不信任決議案は、野党が仕掛けた罠である。
しかし、それに信任すると決断した者が数時間で反対のことを述べ、賛同し、拍手を送る議員がいる。
君たちは良心はないのか?
このような輩はすべて除名してしまえ!

もはや、自民党にはこういう輩を排除する能力も消えてしまったと思うと情けなくなる。

ーーーーーーーーーーーーーー○ーーーーーーーーーーーーーー
(参考)
内閣不信任案を反対多数で否決 衆院本会議
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090714-00000542-san-pol.view-000
7月14日17時26分配信 産経新聞
衆院本会議で、民主、共産、社民、国民新党の野党4党が提出した内閣不信任案を自民、公明両党の反対多数で否決。一礼する(右から)麻生太郎・首相、与謝野馨・財務・金融担当相、河村健夫・官房長官=14日午後2時51分、国会・衆院本会議場(酒巻俊介撮影)(写真:産経新聞)

参院、麻生首相問責決議を可決  昨年に続き2回目 
http://www.47news.jp/CN/200907/CN2009071401000113.html
民主、共産、社民、国民新、新党日本の野党5党が提出した麻生太郎首相に対する問責決議は14日午後の参院本会議で、野党の賛成多数で可決された。首相問責決議は昨年6月、福田康夫首相に対して現行憲法下で初めて可決され、今回で2回連続となる。
 問責決議に法的拘束力はないが、可決を受けて野党は衆参両院で全面的な審議拒否に入る。麻生首相は21日の週に衆院を解散、衆院選を8月18日公示、30日投開票とする日程を表明しているが、国会は衆院解散を待たずに事実上閉幕。与野党は4年ぶりの衆院選に向け臨戦態勢に入る。
 これに先立ち、衆院は14日午後の本会議で、民主、共産、社民、国民新の野党4党が提出した内閣不信任決議案を自民、公明両党などの反対多数で否決した。賛成票を投じた自民党議員はいなかった。
 民主党の輿石東参院議員会長は参院本会議で、問責決議の提案理由について、定額給付金や厚生労働省分割をめぐり言動がぶれ、日本郵政の社長人事では指導力不足を露呈したとして「首相失格の烙印を押さざるを得ない」と強調。自民党内の「麻生降ろし」の動きに関して「4度顔を変えて選挙に当たろうとするのは国民への背信」と訴えた。
 衆院本会議では、民主党の鳩山由紀夫代表が「雇用は危機的状況に陥り、公務員改革、外交も成果がない。首相は直ちに衆院解散で国民の信を問うべきだ」と強調。自民党の細田博之幹事長は「麻生内閣は景気対策で大きな成果を挙げた。民主党の政権公約は非現実的だ」と反論した。
2009/07/14 17:28   【共同通信】

中川秀直氏「人心一新を」 首相の面前で退陣求める
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090714-00000535-san-pol
7月14日13時37分配信 産経新聞
自民党の中川秀直元幹事長は14日午後の代議士会で「今、解散を望んでいるのは民主党だ。民主党を利するのは違うのではないか。人心一新が必要だ」と主張し、両院議員総会の開催を求めるとともに、麻生太郎首相の退陣を求めた。
代議士会には麻生太郎首相も出席しており、冒頭に「党内がまとまらなければ戦いにならない」と述べ、衆院選に向けて党内に一致結束を呼びかけていた。その面前での退陣勧告に党内の亀裂は深まりそうだ。
中川氏はそのうえで「都議選で示された有権者の判断は誰に向けられたものかしっかり議論して反省に立つべきだ」と強調した。
佐藤ゆかり、小野次郎衆院議員ら首相に批判的な立場の若手からは拍手がおこった。
続いて茂木敏充元行革担当も「これまでの敗戦の総括が必要だ。速やかに両院議員総会に開いてほしい」と求めた。

民意なき、改正臓器移植法が成立

A案の修正案が否決された。

これが民意を示したものなら、私はおおいに賛成である。
【A案もA案の修正案も大差ない】ので結果には問題はない。これは民意だろうか?
あなたは議員から、又は役所から、この信義のついて質問されたことがありますか。
私はありません。
メールとかで一方的におくることがあっても、

このような改正に対して議員の思いや考えを聞いたことがない。(少数を除くが)

河野議員が質問者に対して、「あなたはそれまでに何人、死ね!と言うつもりですか?」と反論する場面をよく見た。
人間は恥を知らなければいけない。
10年以上放置したのは議員自身である。
ドナーカードの普及促進費も削減してきた彼らにそれを言う資格はない。
WHOの見解が5月7日に出されたことで、急遽法案が本格し、僅か2ヶ月と少しで可決した。(黒船がないと、この国は動かないのだろう。困ったものだ。国民より外国が大事とは「と、ほほほ」である。)
つまり、5月7日~7月13日の間で民意をうかがって決定したのである。

2ヶ月で民意が判るのか?(私なら不可能である。説明だけでも1ヶ月以上掛かる。)
衆議院でA・B・C・D案。参議院でA・A修正・E案。
国民に説明をし、なおかつ、集計を取った結果から国会議員は判断を下した。
な~んてことはない。

議員の思い込みだけで決まった法律だ。
私は、A案の修正が良。A案でも可。それ以外は不可である。
ぼやきくっくりさんなどのサイトで、アンケート調査がされていますが、
本来は政府や政党が行うものではないだろうか?
その結果を見て、議員が判断するのが正しいあり方だ。

さて、私がA案の不可とする部分は、死についてである。

(結局、A案の原案を探すことはできませんでした。が、ウィキペディアによると)

・A案は「脳死を一律に人の死」としています。
食いつくつもりはありませんが、人間の死に線引きをする不当な行為である自覚が河野議員には見受けられません。

この法案は、
『一人を生かす為に、一人を殺すのです。』

「脳死は人の死だから、俺(河野)に責任はないよ。」という感じが不愉快です。
その自覚がまったくない。その点が不愉快です。
あくまで道徳的問題であり、反対する理由はないのですが不愉快です。

私の一票。私の意見はどこに持っていけば反映されるのでしょうか?

このどたばたで、多くの法案が審議されないまま、国民の知らない間に可決する。それが良い法案であっても釈然としないのです。
我々は考えなければなりません。
どうやって民意を反映させてゆくかを・・・。

ーーーーーーーーーーーー○ーーーーーーーーーーーー
(参考)
「臓器移植法改正4案 どれに賛成?」結果(ぼやきくっくり)
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid692.html

改正臓器移植法が成立 参院で可決、小児の脳死移植可能
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20090713AT3S1201G13072009.html
参院は13日午後の本会議で、脳死後の臓器提供の年齢制限を撤廃し、本人の意思表示がなくても家族の承諾で提供を可能とする臓器移植法改正案(A案)を賛成多数で可決、成立した。賛成138票、反対82票、欠席・棄権は21人だった。1997年の施行から12年ぶりの改正で、心臓など小児の脳死移植が国内で可能となるほか、成人を含め脳死移植が増える可能性がある。
共産党を除く各党は「個人の死生観や倫理観に基づく問題」として党議拘束をかけずに各議員の判断に委ねた。現行法の脳死の定義を維持するA案修正案は先立って採決されたが、賛成72票、反対135票、欠席・棄権は34人で否決。子どもの脳死判定基準などを議論する「子どもの脳死臨時調査会」の設置を盛り込んだ対案は採決されず廃案となった。 (13:09)

「脳死は人の死」臓器移植法成立 A案、参院でも可決
http://www.asahi.com/politics/update/0713/TKY200907130189.html
2009年7月13日13時17分 朝日
「脳死は人の死」を前提に、本人の意思が不明な場合でも家族の承諾で0歳からの臓器提供を可能にする改正臓器移植法(A案)が13日、参院本会議で可決、成立した。施行は公布から1年後。現行法は臓器移植の場合に限って脳死を人の死と認めており、死の定義を大きく変えるとの懸念もある。97年の同法制定後、改正は初めて。
参院議員は現在241人。採決は押しボタン投票で行われ、欠席・棄権を除いたA案の投票総数は220(過半数111)、賛成138、反対82だった。野党有志が提出した子ども脳死臨調設置法案に賛成の共産党はA案に反対。他の主要政党は個人の死生観にかかわるとして党議拘束をかけずに採決に臨んだ。
A案に先立ち、「脳死は人の死」を臓器移植の場合に限ることを明記した修正A案も採決されたが、投票総数207、賛成72、反対135で否決された。子ども脳死臨調設置法案はA案成立により採決されないまま廃案となった。
A案をめぐっては、「脳死は人の死」と法律で位置づけることが、移植医療以外の分野にどんな影響を与えるのかが議論の焦点となった。宗教団体や、脳死後も心臓が長期間動き続ける「長期脳死」の子どもがいる家族らの反対が根強く、参院では野党を中心に移植要件の緩和に慎重な議員から修正を求める声が相次いだ。
そんななか、A案が過半数の支持を集めたのは、衆院解散・総選挙も絡んで政局の流動化が予想されることから、今国会での改正実現を優先する議員心理が働いたものとみられる。
A案は06年3月に中山太郎衆院議員(自民)らが提出した。親族へ臓器を優先的に提供することも認める。脳死からの臓器提供の機会が増えることを望む移植学会や患者団体が支持を働きかけ、衆院では263人(うち自民党が202人)の議員が賛成した。
臓器移植法は97年10月に施行された。脳死からの臓器提供には、本人があらかじめ臓器提供の意思を書面で示し、家族も拒まないことが必要で、15歳未満からの提供は禁止されている。書面による意思表示は進まず、脳死からの臓器提供は12年間で81例にとどまっている。国内で移植を待つ待機患者が解消されない一方、世界保健機関(WHO)が渡航移植を規制する動きを見せたことから、今国会で改正論議が高まった。

渡航臓器移植、自粛決議は来年以降に延期 WHO
http://www.asahi.com/health/news/TKY200905070291.html
2009年5月8日1時1分 朝日
【ジュネーブ=井田香奈子】世界保健機関(WHO)は7日、ジュネーブで18日から開く総会で予定されていた、海外に渡り臓器移植を受けることを規制する決議の採択を先送りすることを決めた。来年の総会以降にずれ込む見通しだ。
出席する加盟国の保健担当相や高官らは、各国で新型の豚インフルエンザ対策を担当する責任者でもあり、ジュネーブに長期間留め置けないとの判断から、総会期間を予定の10日間から5日間に短縮することにしたため。同日、WHOのマーガレット・チャン事務局長と各国代表部が協議し、合意した。
日本では、海外に渡って移植を受けることがWHOの決議でいっそう難しくなるとの見通しが強まり、今春から、現行の臓器移植法を改正する論議が国会で本格化した。国会に提出されている三つの改正案のほか、新たな案の検討を急ぐ議員らもいる。衆院厚生労働委員会は小委員会での議論を終え、11日以降、厚労委での審議に入る予定。
厚労委の理事の一人は「渡航移植に依存する状況は好ましくない」として、海外の動きにかかわらず今国会で結論を出すべきだと主張するが、もともと慎重な論議を訴える議員も少なくない。WHOの動向は国会審議にも影響を与えそうだ。

臓器移植法改正A案を可決-インターンの意見
http://www.shina.jp/blog/activity/2185.htm
By しなたけし事務所 • 2009年6月19日

平成9年から施行された臓器移植法は、“臓器移植を適切に行う場合に限り脳死を人の死”としてきました。脳死=人の死ではないため、脳死状態で臓器提供できる条件を厳しくしていました。

すなわち、脳死前の本人の書面による同意を家族が拒否しないことを必要とし、本人が同意できる年齢は15歳以上としています。その結果、小さい子どもは国内で心臓などの臓器の提供を受けることができず、海外で移植手術を受けるしかありません。しかし、最近は各国で臓器が不足しており、国連は海外移植の規制を決議しました。

このようなことから、今国会で臓器移植法の見直しの気運が高まり、18日の衆議院本会議において、以下の4つの案で採決されることになりました。

A案 脳死を一般に人の死とする。臓器提供ができる場合として、新たに、本人が拒否していないときに家族の書面による承諾があることを追加する
B案 本人が臓器提供に同意できる年齢の下限を12歳に引き下げる
C案 脳死の定義を厳格化し、子どもの臓器移植については別途検討する
D案 臓器提供ができる場合について、15歳以上は現行どおりとしつつ、15歳未満は家族の書面による承諾と医療機関の確認で足りるとする
階議員は、

15歳未満の臓器提供の一律禁止は見直し、子どもが国内でも移植を受けられるようにすべきだ。ただし、現時点でA案のように脳死を人の死とするのは抵抗があり、15歳以上については現状どおり本人の同意を要求しつつ、免許証や保険証に同意欄を設けることで提供者を増やしていく

と、D案に賛成の立場でした。

結果はA案が263票で投票数の過半数を超え、B案以下の採決を待たずに可決されました。

私はA案支持でしたが、やはり考えることが多かったように思います。勉強会で、脳死状態でも身長や爪、髪などが伸びたりするし、涙も流すということを知りました。自分が脳死状態になったら“死”としてみなして臓器を提供したいと今は思いますが、家族がそのような状態になったら“死”として扱われることに抵抗を持つと考えます。

でもこれから先、日本でも臓器移植が広まるためにはA案が一番私の中ではしっくりくる気がしました。臓器移植について学んだこと、考えたことを今日だけの話にしないでこれからも関心を持ち続けな

くては。そう思いました。このような勉強をする機会を与えてくださった階議員、どうもありがとうございました。

階事務所インターン 東京女子大学3年

臓器の移植に関する法律
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%93%E5%99%A8%E3%81%AE%E7%A7%BB%E6%A4%8D%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%B3%95%E5%BE%8B
制定過程
この法律案は、1996年12月に第139回国会衆法第12号として中山太郎議員他によって、議員立法として提出され、1997年4月24日に衆議院で可決され参議院に送られた。参議院では、1997年6月17日に一部修正の上可決され、衆議院に回付された。衆議院では、参議院からの修正回付案に同日同意が与えられ、成立した。法律の施行日は、1997年10月16日。 このように、衆議院で無修正の上可決された法案が、参議院で大幅修正の上もう一度衆議院で同意が与えられ成立するという異例の展開となった。
2009年改正の経緯
当初より他国に比べ、特に脳死臓器移植の臓器提供に関する制約が厳しく移植数が伸びないとの指摘があり、脳死臓器移植の施術状況を考慮しながら、法律施行後3年を目処に見直すことになっていた。しかし、10年以上が経過し、脳死臓器移植の数が増えず移植医療が停滞していたにもかかわらず、長いこと改正されていなかった。議員立法であった法律成立の過程に配慮してか、行政府は改正案を出さずに、議員有志の改正案作成に委ねられた。
・いわゆるA案(2006年3月31日第164国会衆法第14号)
提案者は、中山太郎(自民党)、河野太郎(自民党)、福島豊(公明党)ほか衆議院議員計6名
改正内容は、年齢を問わず、脳死を一律に人の死とし、本人の書面による意思表示の義務づけをやめて、本人の拒否がない限り家族の同意で提供できるようにする。
利点は、家族の同意があれば、子供から子供への臓器移植が可能になる。
問題点は、脳死を一律に人の死とすることに抵抗が根強いこと、親の虐待を受けて脳死になった子から親の同意で提供されて虐待の証拠が隠滅される懸念があること、脳の回復力が強い乳幼児の脳死判定基準が確立していないこと。
・いわゆるB案(2006年3月31日第164国会衆法第15号)
提案者は、石井啓一(公明党)ら衆議院議員計2名
改正内容は、臓器移植の場合のみ脳死を人の死とすることは変えずに、年齢制限を現在の15歳以上から12歳以上に引き下げる。
利点は、死の概念を変えなくてすむこと、本人の意思を必要としたまま、対象の拡大ができる。
問題点は、12歳未満の臓器移植に対応できない。
・いわゆるC案(2007年12月11日第168国会衆法第18号)
提案者は、阿部知子(社民党)、枝野幸男(民主党)、金田誠一(民主党)の衆議院議員3名
改正内容は、臓器移植の場合のみ脳死を人の死とすることや書面による意思表示要件は変えずに、脳死判定基準を明確化(厳格化)するとともに、検証機関を設置する。年齢制限の変更は法案内容に含まれていない(変更しない)。
利点は、移植の客観性や透明性を高めることができる。
問題点は、臓器移植が進まない現状の改善ができず、15歳未満の臓器移植の対応できない。
・いわゆるD案(2009年5月15日第171国会衆法第30号)
提案者は、根本匠(自民党)、笠浩史(民主党)ほか衆議院議員計7名
改正内容は、15歳未満の臓器提供について、家族の代諾と第三者の確認により可能とする。臓器移植の場合のみ脳死を人の死とすることや15歳以上の臓器提供手続については、法案内容に含まれていない(変更しない)。
利点は、死の定義を変えることなく、15歳未満にも移植の可能性を開くことができる。15歳未満については第三者による確認が確保される。
問題点は、15歳以上について、本人の意思確認が必要で臓器移植が進まない現状の改善ができない。15歳未満について、家族に承諾するか否かの困難な判断を迫ることになる。

衆議院でのA案賛否数
詳細は臓器移植法改正A案への賛否を参照

政党 賛成 反対 棄権
自民 202 77 24
公明 12 18 1
民主・無所属クラブ 41 65 6
社民・市民連合 0 7 0
共産 0 0 8
国民新・大地・無所属の会 2 0 5
無所属 6 0 2
計 263 167 56

政治も政策もあったもんじゃねい!

東京都議戦が終了した。
『政権交代』を主張する民主党の圧勝であった。
これは当初の予定通り。

都において与党である民主党が圧倒したことは、都議政に反対したことにならない。
ということは、国政選挙の予備戦的な意味あいが強い。
『誰も政策を見て考えていない。』

{現状打破だけが、脳裏を掠めている。}

民主党も様々な意見や法案を提出しているが、どこに民意が反映しているのだろうか?
民主党議員が民意を聞きに来たり、応援演説で意見を聞いたことがない。
インターネットの意見を参考にしているとも思えない。
一部の議員は、そのように活動ぢているが、それが議会や議論に反映したという実感はない。さすがにマスコミが騒いだ問題には民意を気にするようだが、これは与党も野党も同じだ。

さて、今回の都議員、又は、民主党のマニュフェストに民意が反映しているだろうか?
私は当選した人の政策がまったく見えない。
今や、常識とか、道徳などと言ったものは存在しなくなり、彼がかってに決めている。
いったい誰の為なのだろうか?
どこの民意があるのだろうか?
毎週、地元の帰っている議員は何をしてるのだろうか?

当選した議員は、自らの意思で都民・国民の意見として都政・国政に関わる。
俺はおまえらの意見など聞いたことがないぞ!
賛同した覚えもない。
そもそも言ってない意見にどうやって賛同するというのだ。
抽象的な意見しか言わない政治を辞めろ!
具体的な法案に対して、まず、国民の反応を確かめろ!
それから提出するか、どうかを決めるべきだ。
民意なき法案に何の国民の幸せがあるというのだ。

いいかげん、アメリカや欧州や中国の顔色を見る政治におさらばしたい。

日本は日本人のものであって、日本に住む者の為に政治はなされなくてはならない。
世界との協調とは、日本に住む国民の不利益にならない為のものであって、世界の人の為のものではない。そんなことをすれば、女にたかるヒモのようなものがうじゃうじゃと現れるだけである。それを蛆虫という。
そんな亡国の道を歩くのはごめん被る。

こうも国会と国民の心の隔たりが大きくなってしまっては、マニフェストなどの大きな議案のみで政党を決められない。小さいことだが、国民生活に直結する法案が山済みである。

私は、「あらゆる法案に国民投票を行なう政治」に変えていかなくてはならないと、より強く思うこの頃である。

高橋洋一は冤罪だった。

『さらば財務省』の著者であり、小泉・竹中のブレインと呼ばれた高橋洋一のことである。
洋一氏、本人を知らない私が彼の性格を知る訳もない。しかし、薫日記(竹内薫)さんは彼と体面できる人だ。
彼の目を信じるのであれば、今回の事件は、冤罪である。

それが警察によるものか、どこかの勢力のものかは判らない。
どこの誰かが、高橋洋一の動きを牽制したのである。

それは都合良く警察がいたことが偶然でないことを物語っている。
盗んだとされる高橋氏が入浴を終えた後に、盗まれたと騒ぐ被害者の通報によって駆けつけた警察が防犯ビデオから高橋氏を犯人と疑い任意質問をする。高橋は自供した為、逮捕はしなかった。
つまり、この高橋氏は逮捕される為に、練馬区の遊園地「としまえん」内にある温泉施設の「庭の湯」にウロウロしていたことになる。
前回も言ったが、金銭目的の犯行はありえない。
推理小説を好む人なら、大体の大筋が見えてくるだろう。

おそらく、高橋氏は持っているはずのない時計と財布を持っていた。
物的証拠がある以上、
否認しても不利になるのは明らかである。
彼が供述したのは打倒な判断である。

一番怪しいのは、被害者と名乗る男。さらに警察もグルである可能性もある。

日本の警察は、疑わしい案件を調べることはない。
犯人かどうかではなく、犯人と決め付けて行動する。
テレビドラマのような名刑事がいないことが、日本の不幸である。

少なくとも、この事件が冤罪である可能性は限りなく高まったと言える。

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(参考資料)
高橋洋一さんのこと
http://kaoru.txt-nifty.com/diary/2009/07/post-e6ca.html
性悪説では、人間というものは、そもそも悪いことをするようにできていると考える。
性善説では、人間というものは、そもそも善いことをするようにできていると考える。
もちろん、現実の世の中は、この両極端のあいだのさまざまなグラデーションの人間が蠢(うごめ)いている。
なんで、こんなことを考えているかといえば、高橋洋一さんと夕食をともにし、その席で件(くだん)の「事件」の一部始終をご本人の口から聞いたからだ。(私の口からは、その詳細を語ることはできない。高橋さんは、公に語っても信じてもらえまいと、諦めている。)
前にこのブログで、警察発表が「作文」のようで、非論理的なために理解しがたい、と書いた。あまりにも内容が不自然であり、当日の高橋さんの取った行動が説明できないからだ。(どのような点を不自然だと私が感じたのかは過去ログをご覧いただきたい。)
警察発表が不自然だったのは、そもそも善意から出た行為を無理に悪意にねじまげて解釈したからだ、というのが私の結論だ。
世間の人は、「それでも高橋さんは罪を認めたじゃないか」と言われるかもしれないが、認めたというよりは、顧問弁護士の意見にしたがって、きわめて短時間のうちに「司法取引」をせざるをえない状況に追い込まれた、というのが実際に起きたことだと私は感じた。
「認めなければ、逮捕され、拘留され、裁判沙汰になってしまう」
「認めれば、書類送検と(十中八九)起訴猶予で済む」と言われたら、あなたならどうするだろう? 痴漢の冤罪事件にも見られる典型的なパターンだが、これは、誰にでも起きることなのだ。
高橋さんは、時計や金銭なんて見てもいないそうだ。(ご本人はそもそも時計をつけない人だし、お金も充分にもっている。)また、よく通う施設であり、防犯カメラが設置されていることも知っていたという。
警察は人を疑うのが仕事だから、性悪説にしたがって「事件」と解釈するのは仕方がないが、いったん警察に疑われたら、もう逃げ道はない。それが「冤罪」の構図である。それは、政府の中枢にいて、高度な政治判断をしてきた高橋さんのような人物でも例外ではない。
昔の人は、「李下に冠を正さず」と言ったが、誰でも運命の罠に陥る危険と隣り合わせなのかもしれない。
***
今回、私は性善説をとり、高橋さんは「シロ」だと信じた。犯罪を犯す人には、常に「パターン」が存在する。過去のパターンが全くないことも、私が高橋さんを信じる理由の一つだ。
今後、まったく「パターン」が見られないのであれば、おそらく、「事件」は警察が無理につくりあげてしまったものであり、万が一、同じような事件が起きた場合は、私の目が曇っていた、ということになる。
仕事上のお付き合いがある以上、私は「どっちでもいいじゃない」と判断を保留するわけにはいかない。だから、警察発表と雑誌報道と高橋さんの言葉を比べ、自分にとって「論理的」かつ「自然」と思われる解釈を取った。(残念ながら、テレビと新聞の報道は警察発表そのままなので判断材料にならなかった。)
今後、高橋さんを信じて、微力ながら、書籍の仕事で高橋さんが「社会復帰」する応援をするつもりだ。
追記:私は高橋さんご自身の事情説明を公にすべきだと思うが、現時点では、まだそれは望めないらしい。世の中の趨勢が性悪説ならば、それもいたしかたないことなのかもしれない。

2009年3月31日 (火)
小泉政権のブレーン東洋大教授の高橋洋一 窃盗で書類送検(前回の記事)
http://donnat.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-a5bd.html

18才の『アルプスの少女』なんて見たくない。

今回は個人的な話(個人的に反対です。)

前回、『児童買春・児童ポルノ禁止法改正案』に反対しました。
児童ポルノ自身は規制には賛成の立場ですが、すべてをポルノに認定するとか、2次も小説も対象にするかもしれないと言われると切実な問題です。

今の自民民主党 葉梨 康弘氏の話を総合すると、18才未満と思われる人物が裸、もしくは、それに準じる姿をポルノとするらしい。さらに芸術性や美術的価値、作品性など対象を判断材料にしない(裸に近いものはすべてポルノだ。)と言っている人物がいることが問題なのです。

私は本や小説が好きで、自分でも書いたりします。
私の作品の中に『銀の紋章』という作品があり、第1話のコンセプトと“はじめのおつかい”です。11歳の少女が1つ山を越えたお婆さんの家に駅馬車で1日掛けて薬を届けるから感動するのであって、18才の女性が「はじめのおつかいです。」と言って感動するでしょうか?
第2話は8歳の少年ですごく大人びいたことを言う生意気なところがみそです。

同じことは名作にも言えます。
私の好きな『アルプスの少女』や、『赤毛のアン』、『家なき子』など描写はどうなのでしょうか?
『アルプスの少女』の第1話でハイジが靴を脱ぎ、服を脱いでシャツ1枚で山小屋の上がってきます。この描写はハイジの素朴さを表しており、無垢なものというイメージを大切にしています。ここにエロスを感じる人は異常でしょう。しかし、言葉だけで表現するなら“ハイジは下着一枚の姿でおじいさんの前に現れた。”と書くことになります。4歳か、5歳の少女を下着一枚の姿にするのはポルノだ。などと言われると非常に困ってしまいます。
また、『アルプスの少女』は名作だからOK。私の『銀の紋章』は無名だからNO。
そういう判断を将来されかねない議論をされると本当に迷惑です。

むしろ、18才の女優がハイジ役として、下着一枚で山を駆け上がってくる方が違和感を憶えます。
それこそ18禁ものです。少なくとも私は見たくないです。

もう1つの問題が、宝物です。
昔のアイドルの写真集などに価値があるとは思いませんが、青春の1ページ。棄てるに棄てられないものというのは多くあります。
おそらく、他人にとっては無価値なのです。
「それもポルノだ。」と認定されると廃棄しなくればならないのですが、棄てることができるならトウの昔に棄てています。部屋が狭くなるだけで何の価値もない。有益性を認めないものとは承知していても、棄てられないものは棄てられないのです。
それはすでに自分の一部だからだと思っています。
火事や地震などの天災でもなければ、それを消失させることは、自分の人生を否定するのと同義なのです。

『児童買春・児童ポルノ禁止法改正案』は被害にあった少女・少年を救済する法案に改正して、再提出して頂きたい。

私の想像ですが、葉梨 康弘氏は小説などをほとんど読まない感受性の乏しい人なのではないのでしょうか?

児童ポルノ禁止法改正案と西洋の魔の手!

児童ポルノ禁止法改正案と西洋の魔の手!

『児童買春・児童ポルノ禁止法改正案』
この見出しを見ただけなら、私は賛成するだろう。
・児童の売春を防止する。
・児童ポルノの売買や流出を食い止める。
・児童の人権を守る。
大いに賛成である。私もこれを支持したいね!

しかし、しかし、しかしだ。
『児童買春・児童ポルノ禁止法改正案』の審議内容を聞くと、疑問が出てくる。
おい、ちょっと待て!
持っているだけで犯罪者?
18歳も児童?
親が子供も写真やビデオであっても裸が出ていれば、ポルノ?
明らかに前提が間違っているのではないだろうか。

詳しくはYouTube、又は国会中継の録画を見てほしい。
《児童ポルノ禁止法「改正」の問題点を追及 保坂展人(社民党)09.6.26 衆院法務委》
http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php
http://www.youtube.com/watch?v=XzazKKIIHSA
http://www.youtube.com/watch?v=YL_AGWWLiNs

保坂展人氏が質問しているように、グラビアや写真集の美術的・芸術的価値をどう評価するか?
という質問に、
自民民主党 葉梨 康弘は、美術的・芸術的価値は考慮しないと言っている。
また、参考人の日本ユニセフ協会大使 アグネスチャンは、「18歳以下の芸能人は裸で出ないでいい。」と断言している。
つまり、個人、誰が欲情すると思われるものはすべてダメということだ。
法務省が決めるのか、警察が決めるのか知らないが、
フェギアスケートの浅田 真央ちゃんのデビューDVDもNO(ノー)と言われるかもしれない。
女子体操もそうだ。女子水泳もそうだ。いや、場合によっては、男子水泳もアウトだ。
誰が決めるのかは知らないが、誰か決めた翌日から家中のグラビア・情報誌・DVDを処分しなくれば、逮捕されるかもしれない。
少なくとも逮捕できることになってしまう。

法案提出者は、「児童ポルノの被害者救済以外でこの法律を適用しない。」と言う文言を入れるべきであった。そうすれば、グラビアや写真など本人・親の承諾があれば、18才以下であっても適用に制限が加えられることになる。

本人・親以外の誰か判らない第3者がかって判断し、違法性を決定するなどあってはならない行為である。

行き過ぎた法は、『悪法』である。
鳥類憐れみで有名な犬将軍は、決してみなが言うほど悪い将軍ではない。
しかし、名前というのは恐ろしいものである。
後の官僚がこの法案を使って、大量の逮捕者を出したとする。
「この法案は誰が作った。麻生だ。」ということになり『ポルノ総理』と言われかねない。
このままなら、この法案は通すべきではない。

次に問題とされるところは、事前の行為と、事後の行為である。

その写真やグラビア・DVDなどを使って悪用するかどうかであって、悪用できるかどうかではない。

礼禁未然之前、法施己然之後、方之所為用者易見、而礼之所為禁者難知。(史記)
【礼儀とは何かが起こる前に未然に防ぐものあり、法律とは何か事が起こった後に施すものである。
法の効用が発揮したのは判りやすいが、礼の行為を禁じるのは判りにくい。】

私曰く、礼と法を過つは、不遜である。

法を犯す可能性があるだけで罰するのは、法が礼を犯すのと同義である。
今回の『児童買春・児童ポルノ禁止法改正案』は礼の部分に当ることを法にしようとしている。
つまり、
「原則的に個人所有も禁じ、罰則を持たない法案」と「実際に販売・流通に関わった者への罰則を強化する法案」に分離すべきである。
法が礼の部分を犯すべきではない。
国際的に個人所有を認めない法がないのが問題なら、罰則を持たない法案で十分である。

次に年齢の線引きである。

18才を児童と決めてよいのだろうか?

誰がどこでいつ、どういう理由できめたのだろう?

参考人の日本ユニセフ協会大使 アグネスチャンは、18才は児童であり、ポルノであるといった。

彼女は何を基準に児童と決めているのだろうか? 
決められたことを疑わない者は、どこか人間性を失っているか、宗教的に犯されているとしか言えない。

ポルノにおける児童とは何歳からを考えるべきではないだろうか?

いや、それ以前のポルノとは何かを指すのか?

そこから議論を始めてもらいたい。

いずれにしろ、可笑しな法案が議論されているものだ。

ところで、

保坂展人氏が言っているように、「『日本は児童ポルノの発祥地だ。』と言われているが、その数字的な根拠はない。」と言っている。同感である。
児童ポルノサイトの数も日本は上位ではないらしい。

サイト数が多いことは事実ではあるが、なんといって2次元のアニメが圧倒的に多いのである。これは麻生総理的に言えば、『アニメ文化』ではないのではないだろうか?

ところで、今回の罰則を考える方法論は西洋的な考えかたであることを気づいてもらいたい。

キリスト教では、神の法を犯すことは禁則である。また、神の法を犯すことを考えることも禁則である。女性が子供を産むのは神の罰であり、不浄なものとされている。
一方、日本では、神サマと言っても色々な方がおられる。考えただけで神に造反していると言われることはない。むしろ、何が正しいのか神々に相談するというのが普通であろう。神々は神々で色々な意見があり、何が正しいかの結論がでるかどうかも怪しい。少なくとも人と人の交わりを不浄なものとは考えていない。
酒も祭り事のときは、子供でも飲んでよかった。女性さえOKすれば、祭りの交わりも夜這いもあった。すべてがそうだとは言わないが、少なくとも日本の文化であったのは間違いない。
もっともそんな事を言えば、怒ってくる方がいるかもしれない。
そんなことを言う人には、いつもこう言っている。
『源氏物語でも読みなさい。』

つまり、西洋では宗教的にSEXはどちらかというと悪。子供を生む苦しみは罰である。しかし、現実は日本より破廉恥なことが罷りとっている。
一方、日本ではSEXはどちらかというと清。(清いおこい。神事の1つ。神よりの恵みと考えられたと思われる。)子供を生む苦しみは恵みの前の予兆といったところだろうか。しかし、夜の行事は慎ましくあるべきと考えている。天照大神の下ではなく、月読神の下で行うものと考えれば、少しは理解できるだろうか。

つまり、派手に公にするものではないと考えられ、おごそかに行われるものと伝えられる節が多いに残っている。

ま、もっとも最近は日本も欧米化しているので随分オープンになったと感じている。

『児童ポルノ禁止法改正案』が施工されるとどうなるのであろう。

限度は違えど、厳格な日本人がこれを実行すれば、

「天使が舞っているマリア像の美術画は裸の天使がいるのでポルノだ。燃やしてしまえ!」ということになりかねない。
「偶像崇拝は神の教えに反する。」と言って、世界遺産の仏像を破壊したタリバンを笑えなくなる。
法律を曖昧な基準と表現で決めてもらっては迷惑である。

ついで言えば、
私は臓器移植法案のA案も賛成である。

が、ドナーカードの普及を怠って、外国の要望でA案を提出するのも如何なものだろう。
そもそも、中学や高校で促進し、卒業式前にカードを提出を要望する。

また、国政選挙のときにいっしょに促進運動を行い普及率を上げる方が先ではないだろうか?

それを怠って、今更改正とはちゃんちゃら可笑しいお話である。
賛成するどうかと聞かれれば賛成するとは言うが、日本の政治は本当に間違っている。

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こどもの人権と表現の自由を考える会
http://cjhjkangaeru.web.fc2.com/organize/question/

単純所持で、家じゅうのAVやエロ雑誌を廃棄して、パソコンも初期化して、
それでも「性犯罪者」扱いされる日がもうすぐやって来るかもしれない
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/d/20090701

小泉帝国の崩壊 横須賀市長選の惨敗!

二日前に書いておきながら、ニフティー点検時間とぶつかってアップできなかった。

そのまま、アップするのを忘れていた。失敗、失敗。

動かなければ、その実力を測ることができません。不気味な存在となっていた小泉総理が最近動き続けています。しかし、今回の惨敗はカリスマの低下は否めません。
最も小泉総理が選挙に強いというのはデマであり、小泉チルドレンの錯覚です。
構造改革の行き過ぎに国民はストップを叫んでいる。
理由は2つ、
1つは、どこまで行ってよくならない構造改革そのものに疑問を持ち始めた。景気の悪化。給料の伸び悩み。社会保障の未解決。医療費の負担増。医師不足。等々と上げれば切りがない。そんな構造改革の歪みに、『かんぽの宿』のようなことが行われているのでは、自分達の我慢が何なのかと憤慨しているのである。それを小泉元総理を筆頭に中川秀直などが『構造改革は間違っていない。』と叫べば、有権者が反旗を翻すことを予測できないということである。
もう1つは、大した理由ではなく。単に息が続かなくなってきたということである。財界人や官僚や政治家では実感できない感覚だろう。竹中路線から発した経済改革は、弱肉強食の強者優遇・弱者排除であり、年収300万以下、年収200万以下を生み出すことによって、富裕階層の豊かさをました政策であったからだ。一言でいうなら、『平民はアワでも食っていろ!』というものだった。景気は上昇すれど、給料は上がらず、堀江モンが登場するのが小泉経済改革であり、ここらでアメをしゃぶらせなければ、反発されるのは判っていた。
実から出たサビ。全員在野に下りなさい。

本来、ここで麻生総理になったことは大きいはずであった。
緊縮財政から拡大財政への返還。竹中経済政策への批判。安倍・麻生の人気が高かったことが有利に働くはずであった。
給付金12000円(20000円)のバラマキも、昨年のクリスマスまでに行っていれば、『あぁ、この総理は俺たちのことを考えてくれる。』と好感を持たれたはずなのだが自民党の批判が相次ぎ、翌年に先延ばしされた。『この総理で大丈夫か?』と心配されるのも当然であった。
時期(タイミング)が大事である。
麻生総理の総理としての資質には疑問はあるものの、血統の良さとセンスの良さは評価している。
ブレインとスタッフが揃っていれば、名総理になったであろう。
しかし、現実はそううまくいかず、ブレインは最悪の与謝野大臣である。官僚の代弁者を頭脳にしていてはうまくいく訳もなかった。

さて、構造改革の見直しに掛かった麻生総理は、小泉勢力の横槍で鳩山大臣を辞職させることになった。事実上の敗北宣言であった。
こうして、自民党内部の勢力争いの勝利した小泉氏は、横須賀市長選の応援を行った。
結果は惨敗!
こうして、9月までには、小泉純一郎の選挙公約であった。
『自民党をぶっこわす!』
これが完遂されるのであろう。

私が望んだ結果ではないのだが・・・!

(参考資料)
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横須賀市長選、小泉元首相応援の現職敗退…33歳新人が当選
http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20090628-00903/1.htm
2009年6月28日(日)23時46分配信 読売新聞
小泉純一郎元首相のおひざ元の神奈川県横須賀市で28日、市長選の投開票が行われ、新人で前市議の吉田雄人氏(33)が、元首相が応援する現職の蒲谷亮一氏(64)ら2人を破り、初当選を果たした。
14日に31歳で初当選した熊谷俊人・千葉市長らに続き、全国で3番目に若い市長の誕生となる。
小泉元首相は告示前の14日に街頭演説で、告示日の21日夜にも蒲谷氏の個人演説会で、旧自治省(総務省)出身の蒲谷氏の行政経験を挙げ、支持を訴えた。元首相が地元で選挙の街頭演説をしたのは9年ぶり。次期衆院選には、神奈川11区(横須賀市など)から次男進次郎氏(28)が出馬する。
米海軍横須賀基地を抱える同市では、9期36年にわたり、旧自治省出身者3人が市政を担い続けてきた。今回も自民、民主、公明の県議や市議らが超党派で蒲谷氏を応援したが、吉田氏は「若さ」と「変革」を前面に掲げて、無党派層の多くを取り込んだ。蒲谷氏を応援した市議は「小泉人気も通用しなかった。選挙の方法を一から見直さなければならない」と話した。

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