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2008年11月

森の再生を産業に! 東国原もおかしい、知事、失格!

森を作り、お金を儲けよう。

東国原さんなどが「道路を作らなければ」と信じる方々がいますが、後援会の要望であって、言わざるえないだけです。

今の政治家は、日本の将来よりも、次の選挙を優先する悪漢ばかりです。

本当に地方の事を考えるなら、産業の転換を訴えるべきです。

地方に産業を作ることが大切なことなのです。

発想の転換が必要です。

空気はタダではない。

水は大切な資源

森は日本の財産、管理者に管理費を払うのにそれを叫ばないのはなぜ?

年度末の国会がはじまります。予算を道路に、と叫ぶ地方の知事・行政の方々は「この国のかたち」を考えない愚か者です。
地方活性を訴えて、道路を作ることで何を将来得ように考えているのでしょうか?
道路を作るのは無用な設備を増やす。ふるさと創世事業と同じで、その維持費に将来のお金が費やされることが決定するのです。

地方に必要なものは、地方で生きてゆくことができる産業です。
森を作り、田畑を耕す。
1次産業と呼ばれる産業の復活こそ、将来、望まれる産業ではないのでしょうか?
「この国のかたち」を変えるときなのです。
叫ぶのは、「道路を作れ!」ではなく、「森や田畑に予算を!」ではないのでしょうか?

そして、地方への移動が活発になったときの為に、今ある道路を如何に便利にするか?
まずは、「森や田畑に予算を!」、次に、「道路を作れ!」です。
順序を間違えば、この国はどこかへ迷走するのです。

単一民族という言葉にこだわりたくないのです。

日本は単一民族か?

「日本は単一民族」と言って責められる政治家が多くいる。「アイヌ民族法ができたばかりなのに何を言っているのだ。」と非難された方々がいうが民族というものをしっかりと理解しているのだろうか?
そして、日本民族という意味が判って言っているのに非難された政治家様はご愁傷さま。 判らずに言った方は自業自得だ。
日本には天皇を中心とした単一民族という意識が残っている。
そういう思慮のない人がいう言葉は嫌悪感を覚える。しかし、実態の日本は単一民族と言わざる得ない。
今、中国でチベットやウイグルで強圧的民族浄化を進めている。
日本は深遠で緩やかな民族浄化をほとんど終えている。
アイヌ法ができたとしても、アイヌ民族と呼ばれる存在はほとんど壊滅している。余程の経済的社会的援助なしに復活させることは難しいだろう。
アイヌ人がアイヌ民族を忘れないようにするのが限界だ。
それは在留朝鮮人にもいえる。一世二世には故郷というイメージが強い韓国・北朝鮮だが、三世には文化的ギャップが大きく故郷という感覚が生まれないだろう。また、仮に故郷に帰国しても文化的に受け入れられないものを多く抱えることになる。そう、彼らはすでに日本人なのである。
これは日本民族が柔軟で矛盾する文化を受け入れるのに適応した文化である為だ。
それゆえに、他の民族の日本化が加速するのである。
そういう意味で、日本化が進んだ民族しかいない国家、単一民族と言っても差し支えないと言えるのである。

“日本文化が如何に曖昧か?”というのは普段から目にしていると思います。
お正月に初詣       → 神社(神式)
2月14日バレンタイン  → キリスト式
3月3日お雛さま     → 民衆儀式
4月1日エイプリフール  → キリスト式?
お盆お墓参り       → 仏事(仏式)
12月クリスマス     → キリスト式
そのほかに節分・子供の日・七夕等々
七夕は中国からの渡来系のお祭りだったとか違うとか???
神・仏・キリスト・民族習慣がごった混ぜです。
こんな環境に育っている我々は他の文化を受け入れることに抵抗が少ない。
また、他の民族も日本化が自然と進んでしまう訳です。
ですから、イスラム教の1部や他の民族の習慣が混ざったとしても気にしない。新しい日本文化として吸収・進化する訳です。
「これでいいのだ。」とは申しませんがこれも日本文化の1つなのです。

この日本文化の根源は、縄文人から弥生人への国譲りではないかと考えています。
おそらく、アイヌの祖先でもある縄文人が住む日本に、弥生人が渡来し、さらに後の天皇家を含む天孫族と呼ばれる新弥生人が渡来したと考えます。
これが古事記・日本書紀に書かれている国譲りと考えられます。
古事記・日本書紀の名前から想像するに、服従した縄文人と弥生人の混血種が現日本人の基礎となります。服従しなかった縄文人は近畿・中部・蝦夷へと移り住みます。明治初期まで現存したアイヌ民族は縄文人が北方の気候風土に適応した文化形態と考えられます。
さらに、聖徳太子時代に渡来した秦族等が仏法を持ち込みました。
神事と仏法の合体、神仏合体が起こったのです。
こうして、聖徳太子の第一条、「和を持って尊きとなす。」が根づいていったと考えています。
「あいまい」という日本の文化は、他の文化と融合しやすい性質のある文化なのです。

明治維新の天皇の神格化のなごりがあり、単一民族というと嫌悪感を持つ方がいるので控えめに発言した方がよいでしょう。
しかし、民族な分類的には現在の日本は、“単一民族”といえる状態です。

第二京阪道路、バブルの時に計画した道路です。

第二京阪道路(京都市伏見区-大阪府門真市)
少し前に話題になったので覚えている方も多いだろう。
建設予定地に位置する北巣本保育園(門真市)の野菜畑を撤去する大阪府の行政代執行が話題になった道路だ。
農地の強制買い上げによる税金の課税には同情を禁じえないが、子供をダシに訴えるのは問題だったと思う。
さて、今回は強制立ち退きの話ではない。

私が気にしているのは、「供用開始が遅れると通行料で6億、7億円の損害が出る。」という釈明の方だ。
大阪府の延長計画は当初、昭和44年・46年の都市計画で決定され、平成2年に都市計画変更されて、自動車専用道路を含めた現在の計画となった。

私が第二京阪道路の計画図を見たのは昭和62年のことだ。大阪産業大学の景観学を専攻する教授に完成時の景観シミュレーションの以来があった。当時、学生だった私がたまたま専攻学科であった為、お目にかかれたのは偶然である。
当時はバルブ絶頂期の日本経済が掲げた渋滞道路緩和の為の計画である。
その計画がほとんど変更なく、現在まで続いている。
「京都~大阪を結ぶ美しき“緑のロード”」とは、まさに景観を考えた贅沢な道路という意味だ。

交通量予測も如何なものだろう?
一般道の予測は当たるかもしれないが、一般道が渋滞しない場合、高速道路へアクセスするかどうかは大いに疑問だ。
この計画はバブル絶頂期のままなのだ。

橋本知事が道路計画を中止できないのは、国からの補助金の問題があるのは明白だ。
長野時代の田中康夫元知事のように、廃止とはそれほど困難なことは十分承知だ。
しかし、計画の見直しはあってもよいのではないだろうか?

国から補助金といっても、それは我々の税金だ。空から降ってくる訳ではない。
しかし、何故か?
橋本知事は道路計画に熱心だ?
何が彼を熱心にさせているのだろう?
私の想像は、政治的な思惑だと推測している。
果たして、それが府民の利益に繋がるのであろうか?
私は大きな借金を増やすだけの気がする。

少なくとも、金の損得で語ってもらいたくない。

平成20年1月23日 戸田議員の資料では、
http://www.hige-toda.com/_mado04/dai2keihan/2008.02.05shuutijikou.htm
交通量予測
アセス時予測……約139,000台/日【H12年時点】
(専用道)約84,000台/日
(一般道)約55,000台/日
今 回 予 測……約120,000台/日【H32年時点】
(専用道)約70,000台/日
(一般道)約50,000台/日

名神高速道路(めいしんこうそくどうろ)
交通量
2005年度(平成17年度道路交通センサス)
平日24時間交通量(台)
大阪府
京都府・大阪府境-茨木IC : 124,749
茨木IC-吹田JCT : 137,671
吹田JCT-吹田IC : 101,657
吹田IC-豊中IC : 68,182

この計画だと、名神の車はほとんど第二京阪道路を走ることになるのですが、これで本当の予測ですか?

世界を救うのは日本だ!

世界同時金融破綻はアメリカ発の経済破綻である。
今、世界に必要なことは公的資金の注入である。これによって金融危機が解決すれば、世界同時金融危機は終了する。
しかし、思い出してほしい。危機が終っても景気が回復する訳ではない。
失われた10年は苦境の連続であった。そして、今もまだその苦境の中にいる。決してバブル崩壊が終った訳ではない。バブル崩壊の落とし子が残っているのだ。
地方の衰退、派遣労働者の冷遇、老人の切捨て、農業の壊滅的生産量、国内のありとあらゆる分野を切り捨てて、一部の復興によって見掛けの建て直しが完了しただけだ。
もちろん、これの大きな原因は小泉純一郎という稀代の大宰相の冷徹さと官僚の国民無視の体系のなしうる処である。
さて、小泉批判は後にして、
見掛けであろうが、日本が復活したのは3つの要因がある。
1つは、国民の預貯金を犠牲にしたこと。
2つは、労働者の賃金を犠牲したこと。
3つは、米・中の好景気に連動して、輸出産業が牽引したことである。
1と2は各国の事情に合わせて、各国が努力するしかない。
しかし、3の世界を牽引するのは、どの国になるのだろうか?
日本・中国・インド、なんかアジアの時代だなー!
成長は減退しているが、中国・インドは延びている。日本は潜在的な資産を大量に保有している。

レースの世界でこういう格言がある。
「最初に沈んだものが、最初の上がる。」
バブル崩壊によって沈んだ日本こそ、世界を牽引する資格があるのだ。

具体的にはどうすればいいのだろうか?
単純な話である。
日本が内需を拡大させることだ。
しかし、内需といっても国家戦力的な内需拡大だ。
無闇に道路や護岸を作っても小さな経済効果しかない。いずれ消費されて消えてゆくのだ。
それでは何も残らない。
つまり、日本の政策は国家ビジョンというものがなかったことを示している。
昭和40年代から思考が止まっているのである。

そんなに難しい話ではない。
食料をどう確保するか?
エネルギーの将来はどうするか?
技術力の根幹をどう育成するか?
この3つを考えればいいのだ。これを発展させる形で内需を拡大させれば良いのだ。

まず、この3つを考える。そして、実行する。
それからそれに伴う予算を捻出する。残りの予算で全体を如何に賄うかを考える。
これが思考の順序だ。

エネルギーは、太陽光、メタンハイドレート、バイオディーゼル、風力、潮力、石炭、原子力と考えられる。
どれを選択するかは政治家の判断だ。
私なら太陽光とメタンハイドレートを選択する。
ニューディール政策が時代遅れなことは周知の事実である。しかし、小型のニューディール政策、一件一件の屋根に太陽光発電所を作るという、3000万件以上の太陽光パネルを設置する計画は有効なのだ。
つまり、スーパーのバーゲンセールみたいなものを想像してほしい。
100%無料、又は60%無料の商品を安いと感じれば、借金をしてでも買い漁る。
太陽光で発生させられる電気代はタダである。日々の電気代を払わなければいいということになれば、長期的に安いと感じれば、買うのは当然である。
つまり、今の価格が高すぎるだけである。
裏技もある。
2酸化炭素税の導入を発表し、「5年後にはこうなります。」と宣言する。一方でエコ減税を導入して、設置家庭には減税または付加金を支払われるようにする。
損得を計算して、購入を促進すうだろう。

(課税免除世帯を作り、年収200万円以下の世帯を免除するなどの税の逆進性緩和も必要だ。)
また、導入に伴う合弁会社を国家として設立するという裏技もある。
各社の技術を統括し、さらに開発予算を投入することによってより、安価で効率のより製品を開発する。
5年後をめどに、株式化、10年程度ですべてを売却する。その売却益で開発予算を返還するという方法である。
この方法は他の分野でも応用が可能だ。
すべてが成功する必要はない。3割程度が成功すれば、投資分は十分回収できると私は予測している。(統計的論理的数字ではないが、大きく狂っていないだろう。)

食料は自給率の向上を1番に考えなければならない。
そのために余剰米・余剰作物を作る社会構造の変革が必要である。
同時に、1次産業にて労働者の雇用を目的としている。最低300万家の雇用を目的としたい所だ。
方法としては、家畜飼料としての買い上げ、穀物以外はバイオエタノール材料としての買い上げ、炭素税の還付である。
これは農家の最低保証として必要であろう。つまり、食べていけるだけの保証をしましょうということである。
更なる収入を求める農家は、自助力によって付加価値を載せて努力を願いたい。
林業も同様で、炭素税の還付で最低保証をし、木材の価値を上げることで高収入を目差してもらいたい。

漁業はいささか異なる。しかし、船の動力においては変更する方が良いだろう。すべての船が石油では問題である。
さらに漁業は広域産業への変革が必要だと考える。
海洋資源は有限になり、一家庭が、一漁港が責任を持つレベルを超えてきた。
漁民としての知識はこれまで通り必要だが、船や海域といったものは国家又は地域連合の所有物とする方がよいだろう。
漁業改革ともいうべき変更が必要だ。

そして、3つ目の技術力は一朝一夕ではない。
予算の増額はもちろんだが、学校教育が重要だ。
私はゆとり教育が本当に行われていたなら、違った子供達が生まれたと思う。
土・日、または三連休、夏休みや冬休みといった休みを利用して、キャンプや社会見学、スポーツ(頭脳スポーツを含む)を強化したなら、すばらしい人材が育ったのではないだろうか?
現実は教師が楽をしただけのシステムとなり、塾に行った子供達とそうでない子供達の間に落ちこぼれという階層を作っただけである。
教育改革の必要性を訴えるが、そのことはまたにしよう。
いずれにしろ、教育の復興が将来の日本を決めるといっても過言ではないだろう。

ただ、この3つにプラスされるのが、軍事力である。
誰の名言が知らないが、
「力なき正義は暴力であり、力なき正義は無力である。」と言っている。
私も同感である。
日本の正義を貫けるだけの力を保有する必要もあるだろう。
それが揃ったとき、世界を牽引しているだろう。

今、世界は安定した経済をほしっているのだから!

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