核武装論、今は?
今回は“ぼやきくっくり”で話題にしている核武装論で1つ
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid566.html#sequel
アンケートの内容と投票結果が見ると核武装するべきが圧倒的に多数を占めている。
このサイトを訪れる人の層がよく現れていると思われる結果だ。
しかし、残念ながら日本全体の平均はどれほど欲目に見積もっても過半数がいいところだろう。
理由は2つある。
1つは核に対して嫌悪感を抱く世代が多くいるということである。
たかじんの委員会に出演する田島氏などらな、この話題をすることすらタブー、議論にもならないだろう。それを考えると議論しようという空気が出来てきたことはいい傾向である。
ただ、極端から極端に移ることは避けたいと考えるのだ。
2つ目の理由はマスコミである。
1つ目の世代がディレクターなどの地位を占めているマスコミや新聞では報道されるニュースや記事は反戦・反核に偏っていることだ。そこで出演するゲストも遠慮して、「核配備するべき」とは言わず、「議論はするべき」と控えめに言う。
大人の配慮である。
核の分散を防ぎたい私としては、「北朝鮮の核配備を許すなら、日本も核配備する可能性もある。」という外交カードを切るべきだと考えている。
中国を利用して、北朝鮮の核を抑止する目的だ。
さて、ここまで話してから私の意見をあらためて示そうと思う。
私の意見は「可能なら核武装するべきではない」である。
なぜ、そういう意見になるかは後で示すが、1番の理由は日本人の気質に会わないことである。
核というものは最強の矛のようなのである。
自分の意見が絶対で間違いないという自我独尊な国家には最強の武器となりうる。
しかし、周りに協調し、周りといっしょであることに安心感を得る共和的な国家には使いこなせない代物である。
むしろ、核という武器をしようさせないようにするという困難な難問に立ち向かう方が性に合っていると考えるからだ。
また、何と言っても核武装が日本では困難なのだ。
具体的には、1つ目・2つ目の理由に上げた方々の反核キャンペーンが問題である。それと広島・長崎の反対者が合流する。さらに中国・ロシアの反核の裏資金が投入される。
靖国問題で総理大臣が辞任するような国で可能だろうか?
沖縄の集団事件の明記を書き換える政府に可能だろうか?
無駄な努力をするより、困難であるが突破可能な道を選ぶべきではないだろうか?
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