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2008年7月

警察は大丈夫か?

今日、定年を5年後に控える中堅の警察官と話を持つ機会があった。

「最近の若いものは考えようとしない。」と嘆いていた。

最近の若手警察官は言われたことに、ロボットのように忠実に仕事をする。

もちろん、これは褒めている訳ではない。

事情聴取に行けば、通り一辺倒の質問をするだけでその人を見ていない。

住民苦情から交通取締りに行けば、違法者の取り締まりだけ行う。

住民からの要望に対しても、「ルールですからできません。」と無情に断ってしまう。

とにかく考えない。

判らないときは携帯で電話をして指示を仰ぐ。

現場にいる人間が、現場にいない人間の指示で動くには限界がある。

一言でいうならば、「ケースバイケース」に対応できない。

これが今の警察の実情である。

たとえば、住宅での駐車違反

レッカー車に乗車して、10分経過した時点で撤去する。

警告のチョークを引いて、悪質の駐車違反者を取り締まるのではない。

たまたま駐車していた車が狙われるのだ。

だから、電気屋や宅配便の車が移動される事態になってしまう。

12階の住宅の最上階から戻ってくるのに10分では可哀相だ。電気屋も災難だろう。

また、

住民の通報により、小学校の通学路の安全確保の為に、車の一時停止を徹底する。

一時停止義務違反の切符を切っている間に、ほとんどの他の車が次々と通過してゆく。

すべての車に警告のみ行なえば、ほとんどの車に警告できるのにも関わらず、違反キップを切ることを優先する。

児童の安全が優先なのか?

違反を取り締まることが優先されるのか?

彼らは考えない。

言われた仕事を行なうだけで、その効果とか、目的を考えないで行動している。

私が思うに、中堅の警察官の不安は住民との協力関係ではないだろうか?

住民と警察の間にある見えない絆が失われることへの不安を持っていた。

たしかに、

昔はお祭りの巡回中の警察官に、

「ちょっと1杯どう!」

「言わないでくださいよ!」などと言って、1杯だけもらっていく警察官が多くいた。

それほど親しみを感じていた。

“警察は市民を守るもの”と誰も信じていた。警察官自身もそう感じていた。家の事情まで相談事にいくのも日常茶飯事であった。それに答えていた警察官は実に偉かった。

今は民事不介入で、呼び出されれば行くが、親身になって相談にのってくれる警察官はいない。いや、できないのだ。

私は不安に思う。

警察への協力する市民は年々減少している。警察に関係すると無用な時間が掛かるからだ。それに対して、市民への協力体制が希薄だ。むしろ恨みを買っていると言ってもよい。信頼が崩れかけているだ。

町の人間とそれ以外の人間を見分けることのできない警察官に、町を守ることができるのだろうか?

誰が見ても不審者とわかる人以外(これも少し怪しい)、不審者が見分けられない警察に、地域が守れるのだろうか?

普段から不信を植え付けている警察に、地域と協力できるのだろうか?

町を守ろうという意識のない。地域と共有感を持とうとしない。何も考えない警察官はサラリーマンと同じではないか?

時間から時間まで仕事を行い。給料を貰う。サラリーマン警官に我々の未来を守ることができるのだろうか?

今、現役の中堅が退職した警察はいったいどうなってしまうのか?

不安としか言いようがありません。

PS.その中堅警官からのアドバイス

警官に質問されたとき、自分に不利になる言葉はしゃべらないで下さい。

「聞いてしまった以上、どうすることもできない。」

今の若手の警察官には、人相や態度からその人がどんな人か考えない。聞かなかったことにしよう、見なかったことにしようという配慮がないのでようです。つねに、機械的に作業を進める。

つまり、警察官と話すときは自分に都合の良いこと以外は話さないのがいいということでしょう。

裁判で自分に不利なことは話さなくてもいいと聞いたことがありましたが、これからは警察もそうだと勉強させられました。中堅の警察官もご苦労が多いようです。

竹島は韓国領?

中学の教科書に政府は14日の会見で竹島の日本国領土との明記を避けた。

予想通りの反応である。

国内的には日本国領土といいながら、不法占領を非難せず、何ら対抗処置をすることなく外交を続けている。日本、偉いサン方の頭の中では日本国領土なのだろう。

しかし、国際的に見てどうだろう。

不当占領に抗議せず、相手国に譲歩して、教科書にすら明記しない。

これを領土の譲渡と見られる行為ではないだろうか。

また、実行支配という意味では、1952年、李承晩ラインによる侵略による搾取と以後の調停と取られかねない日本の態度である。

正当なことをはっきりと主張し、ぶつかいあい、それから譲歩を引き出す。

韓国の歴史教育では江戸時代から第二次世界大戦後までの間違った歴史がいまだに繰り返し教えられている。この是正がまず日本がやらなければならない問題である。

可能な限りマスメディアを利用し、日韓の歴史感の是正こそ第一歩である。

教授同士が密室で協議していてはいけない。

韓国の主張を受け入れるか?入れないか?

これは日本国民の問題である。日本の歴史がおかしいと思えば、受け入ればいい。韓国の歴史がおかしいと思えば、断固拒否である。

経済的な国交断絶も覚悟する必要がある。

要するに、国内と海外に対するダブルスタンダードを取る日本政府の態度が問題なのだ。

青パト

今日は大阪市の現状を1つ

児童無差別誘拐・殺傷などの事件を受けて、青色パトロールという青い点滅灯をつけた車がパトロールをしている。

それほどの効果は期待できないが、市民で子供たちを護っていこうという現れである。

しかし、これに水を差すの警察である。

学校への通学路には歩行者専用道などもある。当たり前の話だ。

この青パトが歩行者専用道の通行許可書を毎週申請にいかなければ発行しない。これが警察の対応である。

言いたくないが警察がしっかりしていれば、青パトなど必要ない。つまり、警察のだらしないことが元凶なのだ。その自主防衛の自治体に非協力的な態度をとるというのはどういう了見だろうか?

抗議の末、4回分を一括発行まで譲歩させた。それでも1ヶ月分だ。

本来なら、自治会を集めて、どういう風に児童の安全を図るか、警察の役割と自治体の協力の分担をはっきりさせ、相互交流を深めていくべきところだろう。

実際、自治体は自治体、警察は警察、中々うまくいかない。

中には、「青パト自体をやめてしまおう。」という声を出始めている。

困ったものである。

ちなみに、警察と自治体がうまく連携できない1つの理由に、防犯の存在がある。

防犯とは、自治体組織の1つで地域の防犯を担当している。しかし、警察は自治体を通さずに防犯を召集したり、活動を指示することがある。これも自治会にとってうれしいことではない。

また、夏祭りなどの道路使用も警察は協力的とはいえない。夏祭りを拡張しようとしても道路の使用許可で問題になるのは必至だ。

これは警察の話ではないが、夏祭りの自治体が出す屋台や、正月の餅つき大会などのイベントにおいて食品の提供を自粛するように通達がきている。

食品衛生の観点から気持ちは判らないでもないが、お祭りで、「たこやき」、「お好み焼き」、「フランクフルト」、「カキ氷」などが消えてしまって、夏祭りの意義があるのだろうか?

また、餅つき大会で作ったお餅は食べないで下さいと言えというのだろうか?

どうも行政という組織は、文化や情緒というものを理解できないらしい。

食品安全の為に、視察や条件の強化はいたしかたないとしても、文化を否定するような行為は避けてもらいたいものだ。

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