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政治家の資質

“李氏、冠を乱さず”と言われるように疑わしいことをしてはならないということわざです。

元来、政治家というものは民衆の代表であり、ある意味で奉仕者である。ちょっと権力志向が強い奉仕者であります。

お上意識が強い日本においては権力者、又は知恵者と誤解されることが多く、全権委任する傾向が非常に強い民族です。

これは非常に楽な生き方であり、“あの人に任せておけばだいじょうぶ!”と責任を転嫁して生きてゆくことができるからです。それは民衆が自らの力で勝ち取った権利ではなく、当てられた権利だからであると考えています。

江戸・戦国以前は地頭と官人との間に対等な関係が存在し、“お上意識”というのは中央のみで、自らの土地は自らが護るという意識が根強く。豊臣の刀狩や家康の“士農工商”という身分制度はその力を削ぐものでした。

江戸300年は日本の民衆の気質を作るには十分な時間であったと言えます。

明治維新は武士による民権運動であり、民衆は再び権利を取り戻します。しかし、その意識を強く持っていたのは武士であり、その旧武士によって支えられたと言って過言ではありません。

太平洋戦争に敗北し、再び大衆としての権利を与えられます。これも勝者であるアメリカからです。この400年余り、民として権利を与えられるばかりで自ら勝ち取るという努力をしてこなかった。それが今の日本の現状であります。

大衆は英雄を求める。何もしないで自分達を楽にさせてくれる指導者を求めています。あのヒトラーこそ、大衆の英雄であり、ドイツの民主が生んだモンスターです。

今、日本もその危険な罠に陥ろうとしています。

強い指導力、強い実効性などと政治家の資質をいう方々がいらっしゃいますが、私はその危険性を危惧します。

政治家に必要なものは、誠実な態度、嘘を言わないこと、大衆こそが主人であることを理解できることであると考えます。

現時点では、大衆こそが主人であると訴え、その方向を共に考える人材ということになります。

しかし、大衆はそれを求めていません。自らの死刑執行にサインしていることも気づかずに声援を送っているのです。

政治家は俳優でも、歌手でも、スターでもありません。我々の代表であり、我々が選ぶものなのです。

私は自らに死刑執行のサインする機会がある民主主義を愛しています。少なくともまったく知らないところで決まっていく独裁政治や王政よりは愛しています。

“大衆は豚だ。”、“民主主義とは、豚を飼うシステムだ。”と罵りを受けないように努力してゆくしかありません。

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