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岡田ジャパン、意思を示すべきだ!

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外交と安全保障をクロフネが考えてみた。
http://gaikoanzenhosyo.blog4.fc2.com/blog-entry-614.html
で、サッカーのコメントを書いているうちにサッカー熱がでてしまった。

常々、日本に適しているサッカーとは何だろうか?
そう考えてしまう。
マイアミの奇跡は川口がヒーローである。川口のスーパーセーブがブラジルを破った瞬間である。誰もが信じていない勝利を私は願って応援を続けていた。川口のスーパーセーブが出るたびガッツポーズをしていた自分いた。日本の黄金期を予感させる1勝であった。
ドバイの悲劇を乗り越えた加茂監督率いるジャパンが好発進をする。三浦カズの豪快なシュートがネットを揺らす。誰もワールドカップへの夢を見ることに酔いしれた。しかし、三浦の不調が加茂ジャパンを崖っぷちに追いやる。加茂更迭、岡田ジャパンの誕生である。三浦を下げたことは岡田の好判断だった。三浦は自らの不調に気づけずにイメージと実際のプレーのギャップに苦しんでいた。三浦の不在という逆境をばねにした岡田ジャパンは見事に初のワールドカップ出場という快挙を成し遂げたのだ。
しかし、その後の選考で三浦の名前がないことに誰も驚きを隠せなかった。
キングカズをワールドカップのメンバーから外したのだ。
あのとき岡田こう言った。
「いかなる場面を想定しても、三浦を使うことはないので外した。」
まさに明断の瞬間であった。
岡田は初のワールドカップで勝ちに行くつもりだ。“神風”である。
ワールドカップで1勝もできず、1点も取れない状態も想定していたのだろうか?
3試合目、中山と中田を除くメンバーに覇気がなかった。戦う前から負けていた。このままで帰れないというプレッシャに負けていた。
岡田監督の無策がここに現れていた。
「こういった状況を想定されていなかったのですか?」という記者の質問もなかった。岡田監督自身の発言や自伝にも書かれていないので不明のままである。
岡田の評価が地に落ちた瞬間であった。
3試合目、ブラジル留学からはじまるあらゆる苦難を経験し、セリアAにいたカズの実績が必要ではなかったのか?
チームを引っ張る存在が必要ではなかったのか?
カズの時代が終わるケジメが必要ではなかったのか?
3試合目、最終10分、カズがファールドを駆け、ホイッスルが鳴る。日本をここまで導いた大きな背中に、次の世代の若者に送るというセレモニーが必要ではなかったのではないだろうか!
そして、カズの代わりに選ばれた次世代の若者は、どこかへ消えている。
岡田監督の選手を見抜く力の限界を感じている。

トルシエは実に明確な監督であった。
日本のサッカーに最も適した監督だと感じている。
システムを特化させたサッカーは几帳面な日本人向きだ。それをさらに進化させることがワールドカップでさらに上を目差す近道ではないだろうか?
3-5-2にはじまる。フラット3、サイド攻撃は強力だった。
次にダイレクトプレーと2列目からの組み合わせを伸ばせば、さらに進化することができると考えている。それが私の理想だ。
中村が選ばれなかったことは残念だったが、期待以上の成果はあった。

ジーコも優秀な監督であったが、選手が追いつかないというのが実情だろう。
ジーコ自身がいうように、「鹿島で1ヶ月で教えられることに1年も掛かってしまった。」というように代表監督の指導の難しさを体験されられたとしかいいようがない。ファールドは選手のものという考え方のジーコは、戦術面において特に支持を与えなかった。これがオーストリア戦の敗北に繋がったのはいうまでもない。中田・中村・小野・稲本というプレーヤーが連携を持つには圧倒的に試合数が足りなかった。意識の不統合がプレーの緩慢を生み、一度切れた決壊は一度に大量得点を許してしまった。トルシエが言っていた。「司令塔は一人でいい」の言葉が思いだされた。
結果論ではあるが、中田-稲本-福西で作る守備から作る攻撃的サッカーと中村-(小野)-中澤の縦のラインを機軸にサイド攻撃とファンタジックな攻撃をコラボレーションしたサッカー(アジア大会のチーム)の2チームを作る方が良かったのではないだろうか?
日本の国内選手は比較的時間を作ることができる。中田と中村に合わせたチームを編成し、連携に必要な時間を調整する必要があったと考えている。
最後に、体調管理も選手に委託するジーコの下で日本の選手は未熟すぎたと言わざるえない。

そして、期待するオシムとなった。ジーコ監督時に最も不足した戦術面を大きく強調するオシムは、成功すれば日本のサッカーは劇的な革新となる。最も不安定な戦術面の強化、それを補う為に千葉の選手が多く採用されることになった。しかし、1年経っても成果がでないので私は不安を覚えていた。
空気を読むことが得意な日本人が、なぜ?Why? 瞬時に次の行動を予測し、ボールを出せないのだろうか?
疑問は多く残るが、とにかく、今のままではダメだと感じていた。

やはり、もう1つの得意技である。技術の精度を上げるという几帳面な日本人の特徴を生かしたサッカー。
トルシエ風にシステムを徹底した職人サッカーを目差す方がいいのでは?
数百というパターンを取得し、司令塔の指示の下で精密機械のようにボールを前に進めるサッカーこそ日本のサッカーではないだろうか?
そういったことを考えていたころ、オシムが倒れたのあった。

岡田の起用は青天の霹靂であった。
私の岡田評価が低いこともさることながら、ここに来てオシム流の軌道変更をするのか?
疑問が頭を過った。
反町コーチを始めに多くのコーチがいるのに、なぜ? あえて岡田なのか?
軌道変更は危険ではないのか?
選手の選考にいままで関与していないものを監督にするのは無謀だと感じた。しかし、決まったものはいたし方ない。私の期待(岡田に対する不振)を裏切ってくれと思うばかりである。
この数試合は不安が的中したとしか言えない。
何がしたいのだろうか?
メンバーをいじったということはオシムを継承しないという意思の表れではないのか?
しかし、具体的指示はしていないと言われる。
新人の発掘をしたいのか?
その割には起用度が低い。
中村ら司令塔の為の周辺の選択ともとれない。
システムを徹底させる練習でもなかった。
本当に何がしたいのか謎の大会であった。
少なくとも意味があるなら、最終予選で成果がでることになるだろう。

まだ、まだ、予選は続くので軌道修正は可能だ。最終予選までに形がつくることができれば、間に合うかもしれない。しかし、間に合わない場合はワールドカップの前に新たな悲劇が用意されているのかもしれない。
ドバイの悲劇を記憶している方は、悔しさを覚えているだろうか?
私はこの悔しさをもう一度味わいたくない。

岡田、はっきりと意思を示せ!

514w04qep1l 岡田武史の考えるサッカーとなんぞや?

オシムのように戦術を考えるサッカーだろうか?

ジーコのように、自由な発想を意味するのだろうか?

システムを優先するものだろうか?

選手からその内容がもれてこない。

選手も迷っているのかもしれない?

まさか、再び代表になるなど思っていなかったので勉強不足だ。(反省・反省)

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