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わいろは悪か?

最初に言っておこう。わいろは悪ではない。
もちろん、わいろ・汚職・犯罪はない社会であることに越したことはない。しかし、現実の社会として、それを除外するのは不可能に近い。況して、社会が混乱する中で信用できる関係を構築するのに手段を論じていては始まらない。
日本人の一部には自分達が正しい姿勢をとっていれば、いずれ世界の人々から共感を得て、それにならっていくなどと妄想を持つ方々がいるがはっきり言っておこう。ありえない。“自分が礼節を守って生きていくのは、自分が自分である為の行為であって、他を強制するものにはなりえないのだ。”
温室の草花が野生で生きてゆけないように、理想を語っていても誰も付いてこないということを知る必要がある。

元小泉総理がYKK時代に言った言葉がある。我々は利害と打算が一致しているので切っても切れない関係だ。まさにその通りであった。
物欲・金銭欲・性欲といった一部の欲に限定しなければ、利害と打算とは人間関係の最初の絆なのではないだろうか?
これが国家・企業クラスとなれば、その規模は大きくなる。
況して、他国との交渉となれば両国の関係が重要であり、それを如何に構築するかが国家と企業の生命線となる。
あまり実感はないだろうが、世界警察が存在しない現在において(仮に存在していても機能していなければ同じ)戦国時代と同じである。
戦国時代の商人に【神屋宗湛】(かみやそうたん)という人物がいた。
彼の祖々父は寿貞といって、中国で採鉱と冶金術を学び石見国の大森銀山を発見・採掘をした人物である。宗湛は毛利元就と大友宗麟の騒乱の際も朝鮮・ルソン・シャムなどと交易を通じて巨額な財を築きあげた人物である。
天下が秀吉に移り、黄金の茶室を作ったと聞いた宗湛は、千利休や天王寺屋宗及らと会い剃髪して中央茶人の仲間入りをしたという。もちろん、秀吉と会う為である。秀吉が主催した茶会の際、宗湛は“文琳”という名高い茶壷を持参した。秀吉が異国の物に大いに興味を持っていたことを察した宗湛の機転である。後に持参するものもめずらしい外国製品だけを選んでいる。相手の趣味を見抜いた才覚である。九州征伐にはまっ先に駆けつけいろいろと世話をしたのも宗湛であった。征伐も終わり、秀吉が上機嫌な頃を見計らって博多の復興を願い出たもの彼である。島津の情報や兵糧・飼い葉を自発的に提供した宗湛に対して恩を感じたのか、黒田如水の元で復興を許した。秀吉が没すると家康に近づき、黒田長政が領主になったおりには築城の費用を調達したり、人夫を差し出したりして大いに協力をした。長政もその恩を深く感じいった様子で“500石の知行”を与えようとした。しかし、彼はそれを断り、通商の庇護を求めた。黒田藩の後援を得た【神屋宗湛】が博多で繁栄したのは言うまでもない。
ここで重要なことはわいろは人間関係を良好にする潤滑油であり、最終的には恩を売ることにある。
わいろのみを取り上げるなら、守屋や秋山を責めることはできない。しかし、贈収賄ではなく、もう一つ言葉を与えたい“売国奴”
私利私欲の為に国を欺いたという意味だ。
そういう意味で、田中角栄と同列に扱うことのできない問題なのだ。
日中国交正常化より、多額の資金を中国に投資している。しかし、日中関係はどうだろうか?
“あの橋は日本のODAで造って頂きました。”
“あの病院は日本のODAで造って頂きました。”
“あの学校は日本のODAで造って頂きました。”
“不幸な戦争はありましたが、日本のおかげで幸福になれました。”とはなっていない。
恩を売れていないからだ。
逆に“閣下、閣下”と褒められて、ODAや円借をばらまくように吸い上げられているのが現状である。これを売国奴というのである。

私が推測するに日本は三度の大きな恩を売るチャンスがあった。
1つ目は、日中国交正常化であり、中国の復興と進出のチャンスがあった。
2つ目は、バブル期のアメリカ進出であり、軍事的属国状態を経済的に脱却するチャンスがあった。
3つ目は、ソビエト崩壊であり、ロシアへの進出と経済的属国化を成し遂げるチャンスであった。
いずれもその国の中枢に深く入り込むチャンスであり、恩を売ることができたのだ。
わいろとは利害と打算を具現化する第1歩であり、他国への恩を売ることによって通商の庇護を受けられるようになれば、その富は計り知れないのである。

日本の外交も産業界もそういう点を考えて恩を売って頂きたい。

神屋宗湛の墓

Sotan450a

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コメント

好意とは、善行とは、恩を売るために行なうのでしょうか?

小泉八雲が「日本人の微笑み」という作品で紹介している明治半ばの日本人思想家の言葉です。

引用の始まり======
一国の治乱は、天より降り来るにも非ず、地より湧き出づるにも非ず、全く一国の人心が、乱るれば乱となり、一国の人心が、治まれば治となる。其の人心治乱の機は、公心と私心との別れのみ。人々私心を主として働けば、乱るるなり。人々公心を主として行へば、治まるなり。私心とは、身欲身勝手の心、即ち私心は、家に居ては必ず家を乱る。郷に居ては、必ず郷を乱る。国に居ては、必ず国を乱ること請合なり。公心とは、義を取るの心をいふ。
引用の終わり======

さて、”わいろ”とはどんな心から生む出されるものなのでしょうか?

へのへの419へ

好意・善行とは、自らの内から起こる心のありようだと思います。言い換えれば人間性そのものであり、その行為に対しての見返りを求めないものではないでしょうか?
対して、“わいろ”とは、利害と打算を期待した行為ではないでしょうか。
故に、“わいろ”を生み出す心は欲だと考えています。
ささやかなものであれば、“あの子となかよくなりたい”と衝動、何かがほしいという物欲など様々です。生きたいというのも生命欲、または生存欲ではないでしょうか。
欲そのものは人間の生命力だと考えているので私自身は否定しておりません。(社会においては自制心も同居させて頂きたいところです。)

真実がどうかはあやしい話ですが、幼少の家康が織田に人質になったとき、おだいの方(家康の母)が信長に差し出したのが“母のまごここ”だとも言われています。“わいろ”も様々です。

“わいろ”というと嫌悪感を持つ方は多いですが、プレゼントと言い換えれば、普段何気なくやっている行為なのではないのでしょうか。

要は、自分と相手の距離を近くする道具程度に考えればいいのではないでしょうか。
ただ、最近は私利私欲の為になされることが多く、また、その額も半端ではないので心を痛めるばかりです。

また、人と人の関係はその先があると思いますし、心のありようは“わいろ”とは別の次元ではないでしょうか。

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