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2008年1月

落ち込んでいます。

大阪府民の私は橋下知事が誕生したことに落ち込んでいる。

また、タレントに託すのか?

やめてくれ!

人情に薄く、口が軽い人柄の橋下知事

緊縮財政で財革だけは進めてくれるだろうが、行政サービスは大幅に低下するだろう。

これが私の予測

大阪府民に絶望している。

ガソリン税より洞爺湖サミットこそ論点ではないか

国会の争点は、暫定ガソリン税に集中しておりますが、本当に重要な問題なのでしょうか?

結論から言えば、ガソリンは内政の一部、洞爺湖サミットは日本の国際競争力と発言力のターニングポイント、どちらが重要かはおのずと判ってしまいます。

しかし、洞爺湖サミットに向けての日本の存在をどう考えるかという議論はほとんど聞こえてきません。今のままでは、世界における日本の存在は消し去られるのではないかと危惧しれおります。
そこで提案をさせて頂きます。

「暫定ガソリン税を廃止し、環境増減税を導入する。」

道路関係に制限される財源より、環境全域に使える財源を確保することが重要ではないでしょうか。二酸化炭素排出量に増税し、二酸化炭素削減行為に補助金または減税を行う。環境を考えなければならないという気運は高まっております。この機会に社会構造の転換を提唱する必要があるのではないのでしょうか。

詳細は以下の通りです。
○暫定ガソリン税の延長を否決する理由

第1に、暫定という名称の問題です。社会の規範とならない国会議員が正しい言葉を使用できていない。必要な税率であれば、暫定を廃して議論すべきである。

第2に、経済状況の悪化、原油の高騰でガソリンの急激な値上げ状態にうんざりしている国民に「この税金はいるのだ。」という国会議員に対して「自分たちはどれほどの身銭を削っているのか」と憎悪感を生む可能性が高い。

第3に、特定財源の使用用途がすべて検証された訳ではないので、地方道路整備に必要な財源が本当に不足しているかという確証が得られない。環境税が導入されれば、環境対策費は考慮されなくなるので、環境対策費が組めませんという国土交通省の理由付けは理由にならなくなる。

第4に、道路整備の必要性である。地方経済の疲弊は道路事業では解消されない。経済基盤の建て直しこそ重要であり、自由財源を地方に譲渡するほうが有益であり、道路特定財源では趣旨的に無理が生じる。

第5に、経済的必要性が不明である。道路の必要性は経済活動に左右される。1~2年以内に全面道路が完成する高速道路を除けば、それ以上の経済状況を考えて道路の必要性を考える必要がある。現状のままで進むと3年後は原油は200~400ドル以上になると推測できる。そうなれば、ガソリンは1Lで250円を越えるのは必定である。その原因は中東の枯渇に問題があり、回避は不可能である。ならば、原油に依存しない社会の構築が最優先であり、5年後、10年後、20年後に完成する道路の優先度は低下する。仮に電車社会が回帰すれば、益々、高速道路の必要性が問われることになる。その点をもう一度検証するべきではないだろうか。

第6に、高速道路論の意義である。高速道路が完成しても利用する者がいなければ、無用の長物である。本来、高速道路の建設と地方整備・開発はセットでなくてはならない。しかし、地方の道路完成後の利用方法は考えられていない。疲弊した地方のままで利用する住民がどれほどいるのだろうか。この現状で高速道路の建設を急ぐ意味は存在しない。むしろ、高速道路の整備より、国道・生活道の整備を優先するべきだと考えている。

以上が暫定ガソリン税を廃止し、必要性な検証をした後に、改めて税源を求めるのが筋ではないだろうか。

次に、環境増減税の必要で述べる。

第1に、原油に依存する社会の脱却である。今後、世界情勢が益々不安定になる状況で原油に依存する社会体制では国政に大きく影響することが推測できるからである。

第2に、洞爺湖サミットで日本の方針が決まっていない場合、世界的な発言力を失うことになりかねない状況である。環境問題を打破するという意思とそれを支える技術力は、日本の発言力を増し、技術力は輸出産業の中心的技術になってゆく可能性があるからだ。環境問題が世界のテーマになれば、今後30年間から50年間はその技術で輸出産業を失うことはないだろう。これは国政におけるターニングポイントであると考えている。逆に、ここで日本の発言力が失われれば、日本の企業は環境問題に関心のある国へ技術を売り込むことになり、技術が世界に買収されることになりかねない。そうなれば、日本の衰退は免れないだろう。

第3に、地方の再生事業に役立つ点である。お金にならない山・森林が整備するだけで二酸化炭素を吸収する産業、お金を生み出す産業に復興するのである。財政的に保証されれば、地方の復興はゆるやかではあるが保証される。

第4に、環境破壊に対する意識が高まっていることである。この機会を無駄にすれば、次に取り掛かるタイミングを失いかねない。特に経済状態が最悪になってからでは税政的後盾を失ってからでは、社会構成の転換ができなくなってしまう可能性があるからです。

第5に、増減税にすることで、社会構造の転換の促進することです。電気ガスを使用すれば、税金が掛かるが、ソーラーを設置には補助金が出てくる。また、ソーラーで発生させた電気には税金が掛からない。売れば、税金ごと収入となって回収もできる。また、ハイブリイトカーや電気自動車への移転が促進できる。

第6に、洞爺湖サミットの実現の為の法案に対して、石油メジャーが反対を唱え難い環境である。この機会を逃せば、石油メジャーの反発を相当考慮した法案を考えなければなりません。しかし、今なら原油の高騰とEUの反発を考えた反論しかいえません。

第7に、ロシア対策です。中東の原油が減少すれば、ロシアからのエネルギー依存度が増してゆきます。現在の石油依存体制では、石油を供給してくれる国家に対して発言力を失います。少なくとも石油依存度を30%程度まで下げる必要があると考えています。

第8に、中国国境問題です。中国は日本ほど急激に石油依存度を転換する技術がありません。国土の広さから約30年間程度は石油依存度は上昇してゆくと考えられます。そうなれば、沖縄周辺の油田の価値は益々上昇し、油田をめぐっての国際紛争にまで進展する可能性があります。日本の依存度が下がっていれば、石油依存脱却の技術を交渉材料に紛争回避の手段になります。つまり、沖縄周辺の油田の価値を下げることが、中国との国際紛争回避の鍵になるのではないでしょうか。

以上の観点から環境大国への転換が急がれます。

重要な点はエネルギーの転換、基礎技術への投資、共生意識の教育です。

経済体制が変革されれば、新しい需要が生まれる為に、閉塞的な社会に活気が蘇ることになります。ここで一気に流れを変える必要があるのではないのでしょうか。

信義の人【今井 道与】

戦国時代、堺の商人で田辺屋として広く知られた今井道与は諸大名との交流とも深かった。なかでも薩摩藩の島津義弘とは親しい間がらであったと言われる。関ヶ原の合戦のおり、島津が西軍に組し、敵中突破の退却戦は知られる話である。追いかける東軍を振り切った後に頼ったのがこの田辺屋の今井道与である。親しい仲といえど敗軍の将、落人である。匿えば厳しい処分が待っている。しかし、道与は島津義弘の信頼に応えて、自ら河内平野まで迎えにいったと言われる。そして、義弘をねぎらい、親交の深かった堺奉行に頼みこみ、伊勢平左衛門という商人に仕立てて義弘を脱出させた。後に義弘が尋ねた。
「われらを訴人すれば、徳川どのの思し召しもよく、商人として大成の道が開けたであろうに、よくぞ、われらを庇護してくださった。」
それに道与はこう答えた。
「商人は、目先の得に手を染めがちですが、それは邪道であります。ましてや、人の窮状を損得勘定でみすごすのは、徳のない商人がすることであります。」
島津義弘がその言葉に感動し、知行1千石を与え、島津家秘方の“金瘡”“催生”の処方箋と、その販売を許した。後に知行はお返しすることになったが、今井能登之助と名を改めさせた者に継がし、名跡を残した。

前回、“わいろ”は悪ではないを語ったが、今回は信義の方の話だ。
損得勘定がない人間関係というのは皆無であるが、同時に損得勘定だけがすべてではない。今井道与は商人であったので諸大名と親しくなる為に大枚を掛けて人間関係を構築していったのは言うまでもない。しかし、それがすべてではないことをこの物語が語っている。“人としての道を外れて、損得勘定で考えるのは邪道である”と彼は語っている。私もまったく同感である。
人としての道を歩く上で越えてはならない一線があると考えている。その一線を越えなければ、方法の有無なあまり問われないのではないかと少なくとも私は考えている。

おそらくサラリーマンや事業主の大多数は利益を得る為にがんばっていると思われる。もちろん、美しい王道を歩くことは理想ではある。しかし、現実は残酷なほど厳しい。それゆえに様々な工夫を凝らしていく。そういう彼らを非難するのは酷だと思っている訳だ。
ただ、そういった方が陥るのは、目的の為に行っていた手段がいつのまにか目的になってしまい。真の目的を忘れてしまうことだ。今、多くの企業がそうなってしまっているのではないだろうか。
何のために存在し、何の為に生きているのか?
もう一度考え直してもらいたい。そう考えている。

わいろは悪か?

最初に言っておこう。わいろは悪ではない。
もちろん、わいろ・汚職・犯罪はない社会であることに越したことはない。しかし、現実の社会として、それを除外するのは不可能に近い。況して、社会が混乱する中で信用できる関係を構築するのに手段を論じていては始まらない。
日本人の一部には自分達が正しい姿勢をとっていれば、いずれ世界の人々から共感を得て、それにならっていくなどと妄想を持つ方々がいるがはっきり言っておこう。ありえない。“自分が礼節を守って生きていくのは、自分が自分である為の行為であって、他を強制するものにはなりえないのだ。”
温室の草花が野生で生きてゆけないように、理想を語っていても誰も付いてこないということを知る必要がある。

元小泉総理がYKK時代に言った言葉がある。我々は利害と打算が一致しているので切っても切れない関係だ。まさにその通りであった。
物欲・金銭欲・性欲といった一部の欲に限定しなければ、利害と打算とは人間関係の最初の絆なのではないだろうか?
これが国家・企業クラスとなれば、その規模は大きくなる。
況して、他国との交渉となれば両国の関係が重要であり、それを如何に構築するかが国家と企業の生命線となる。
あまり実感はないだろうが、世界警察が存在しない現在において(仮に存在していても機能していなければ同じ)戦国時代と同じである。
戦国時代の商人に【神屋宗湛】(かみやそうたん)という人物がいた。
彼の祖々父は寿貞といって、中国で採鉱と冶金術を学び石見国の大森銀山を発見・採掘をした人物である。宗湛は毛利元就と大友宗麟の騒乱の際も朝鮮・ルソン・シャムなどと交易を通じて巨額な財を築きあげた人物である。
天下が秀吉に移り、黄金の茶室を作ったと聞いた宗湛は、千利休や天王寺屋宗及らと会い剃髪して中央茶人の仲間入りをしたという。もちろん、秀吉と会う為である。秀吉が主催した茶会の際、宗湛は“文琳”という名高い茶壷を持参した。秀吉が異国の物に大いに興味を持っていたことを察した宗湛の機転である。後に持参するものもめずらしい外国製品だけを選んでいる。相手の趣味を見抜いた才覚である。九州征伐にはまっ先に駆けつけいろいろと世話をしたのも宗湛であった。征伐も終わり、秀吉が上機嫌な頃を見計らって博多の復興を願い出たもの彼である。島津の情報や兵糧・飼い葉を自発的に提供した宗湛に対して恩を感じたのか、黒田如水の元で復興を許した。秀吉が没すると家康に近づき、黒田長政が領主になったおりには築城の費用を調達したり、人夫を差し出したりして大いに協力をした。長政もその恩を深く感じいった様子で“500石の知行”を与えようとした。しかし、彼はそれを断り、通商の庇護を求めた。黒田藩の後援を得た【神屋宗湛】が博多で繁栄したのは言うまでもない。
ここで重要なことはわいろは人間関係を良好にする潤滑油であり、最終的には恩を売ることにある。
わいろのみを取り上げるなら、守屋や秋山を責めることはできない。しかし、贈収賄ではなく、もう一つ言葉を与えたい“売国奴”
私利私欲の為に国を欺いたという意味だ。
そういう意味で、田中角栄と同列に扱うことのできない問題なのだ。
日中国交正常化より、多額の資金を中国に投資している。しかし、日中関係はどうだろうか?
“あの橋は日本のODAで造って頂きました。”
“あの病院は日本のODAで造って頂きました。”
“あの学校は日本のODAで造って頂きました。”
“不幸な戦争はありましたが、日本のおかげで幸福になれました。”とはなっていない。
恩を売れていないからだ。
逆に“閣下、閣下”と褒められて、ODAや円借をばらまくように吸い上げられているのが現状である。これを売国奴というのである。

私が推測するに日本は三度の大きな恩を売るチャンスがあった。
1つ目は、日中国交正常化であり、中国の復興と進出のチャンスがあった。
2つ目は、バブル期のアメリカ進出であり、軍事的属国状態を経済的に脱却するチャンスがあった。
3つ目は、ソビエト崩壊であり、ロシアへの進出と経済的属国化を成し遂げるチャンスであった。
いずれもその国の中枢に深く入り込むチャンスであり、恩を売ることができたのだ。
わいろとは利害と打算を具現化する第1歩であり、他国への恩を売ることによって通商の庇護を受けられるようになれば、その富は計り知れないのである。

日本の外交も産業界もそういう点を考えて恩を売って頂きたい。

神屋宗湛の墓

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お伊勢まいり

初詣にお伊勢さんに行ってきました。

ご近所の初詣はごったがえしたように溢れるのですが、お伊勢さんではそういったイメージはありません。

二拝二拍手一拝といいますが、伊勢では見よう見まねでほとんどの方がされていました。

なんと言っても、長蛇の列を誰も整理する方がいないことです。

ほとんどの方が二拝二拍手一拝をしている為に前に進みません。

しかし、誰も騒いだいる方もいないのは、ある意味不思議なことです。

割り込みをする方がいたかどうかは知りませんが、私の見える範囲では居られませんでした。

伊勢神宮の雰囲気がそうさせるのか?

いずれにしろ、有意義な一日を過ごせました。

ただ、外宮・内宮、その他の宮を回ってきたのでくたくたです。

お伊勢まいりにくる方々は日本人らしい、日本人の方なのかもしれません。

日常の素行に苛立ちを感じる毎日ですが、昨日だけは別。

楽しい一日でした。

あけましておめでとう

2008001 本年も皆様にとって良い年でありますようにお祈りしております。

昨年は暗い事件や忌々しい事が多く言わずにいられない一年でした。

「偽」などと一年の象徴が語られるなどあってはなりません。

と言いましても、今年も数々の事件が起こることは誰にでも推測できます。

一年の初めとして、

私はテーマを決めて語って行きたいと考えております。

思いついた言葉は2つ

新選組のシンボル「誠」と慈しみの心「儀」

「誠」は動き出す言葉のように思いましたので来年にとっておき、

今年のテーマは「儀」

“日本の心”再発見を語っていきたいと考えております。

2008002  

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